丈の願い・2

決戦前夜編・7

丈はその頃、1人で例の場所に居た。
疾風が教えてくれた、アジトの屋上。
其処から見える白い月が
静かに彼に問い掛けている。

「これで良いのか?」と。

母の瞳を通じて、美雨が真相を知った事を悟った。
彼女なら構わない、そう感じた。

「セカンドも自分を取り戻した。
 全てが振り出しに戻る」

丈はそう呟き、左手を見つめる。
炎の勾玉が秘められた、自身の左手。

「俺がこの勾玉を扱えるのも後僅か。
 真の力を引き出すのは…俺じゃない」

願いは、変わらない。
選べない。
最早、自分だけが助かりたいとは
思えなくなっていた。

「諦めたよ」

丈はそう言うと、哀しそうに微笑んだ。

「俺は、俺の思いを果たすだけ。
 この生命と引き換えに、太陽を呼び戻す。
 バランスを失った、この世界に…」

勾玉は何も語らない。
光る事すらない。

「ただ…呼び戻した後、俺は消滅している。
 炎の力のバランスを取る者が居なくなる」

それだけが懸念材料だった。

「美雨は…引き受けてくれるだろうか?」

これは『賭け』だった。
自分の生命と引き換えに太陽を召喚し、
勾玉の力を駆使して自然界の力のバランスを整える。
そうすれば、50年前の自然が復活すると云うのだ。

勾玉の継承者となった仲間達ならば
バランスを保つ為に働いてくれるだろう。
しかし、美雨だけは違う。

彼女は『巫女』であって『戦士』ではないのだ。
それに、丈自身も彼女を巻き込みたくは無かった。

「美雨……」

それを聞く事が出来れば、どれだけ良いか。
だが、彼は未だにその事を話せずに居た。
怖かったからだ。
彼女の心が自分から去って行く事を、恐れていた。

* * * * * *

「私の心は…昔から決まってます」

美雨はそう言うと、静かに微笑んでいた。
悲壮感など無い、優しい笑み。

「丈の夢を叶えたい」
『……』
「例えそれで自分にどんな災いが降りかかっても
 私は敢えてそれらを受け止めます。
 覚悟は…生まれる前から付いてます。
 今よりもずっと昔、前世で助けられてから」

『良いのですね?』
「はい」
『どのような汚名を受けようとも?』
「私が決めた事ですから。
 それにこれは…私の人生です」

美雨の言葉に偽りなど無い。
自分の人生、自分の生き方。
それを、丈の願いと重ねていただけ。
そしてそれを叶える為に彼女は耐えて来た。
全て、『この瞬間』の為に。

『…有難う。貴女を信じて、良かった』

フィンフも美雨の気持ちを承諾した。
彼女ならば愛する息子を裏切る事は無い。
どんな事が遭っても、彼を護ってくれる。
もう息子は…孤独では無いのだ。

『丈を…お願いします』

フィンフはそう言い残すと
静かにその場から姿を消した。
黙ってその姿を見守る美雨の瞳は
以前の『巫女』としての物から
『神子』の物へと変化していた。
Home Index ←Back Next→