丈の想い・美雨の想い

決戦前夜編・8

エントランスに足を運ぶと
其処には美雨が一人で立っていた。

「外に出ていたのか?」
「様子を見ていただけよ」
「そうか…」

優しげな笑みを浮かべ、丈はそっと側に立つ。

「静かだよな」
「そうね」
「明日には戦争だと言うのに…
 こんなものなのかな?」
「意外と、そうかも知れないわ。
 忙しいのは漣だけよ」
「ん? どうして?」

「もう少しで新しい服が完成するんだって。
 以前、丈が着て帰って来た
 パラサイダーの戦闘服の解析が完了したから
 それを元に作り変えてるらしいわ」
「へぇ…凄いな……」
「私にはチンプンカンプンだけどね」
「俺もだ」
「本当に?」
「あぁ」

こんな風に話していたのは何時以来か。
二人は同じ事を考えていたのか
同時に黙ってしまった。
そして、長い沈黙。

「丈」

切り出したのは美雨の方だった。

「お母さんに、会ったよ」
「お袋に?」
「今の貴方、では無くて…
 貴方の素体を生み出した…お母さん?
 えぇ…っと……」
「紅い翼を持つお袋、だろう?」
「えぇ。知っていたの?」
「事前にな」
「そうだったんだ…」

其処で又言葉が詰まる。
再び訪れる、沈黙。

「美雨」

今度は丈から言葉を発する。

「何?」
「俺の望み、もう…」
「うん、解ってる」

「俺は…皆を裏切る事になる。
 いや、既に裏切っていたんだ。
 俺が忘れていただけなんだ…」
「貴方は一度だって
 誰かを裏切った事など無いわ」
「だけど俺は…」
「私達はね、兄弟だったの」

美雨はフィンフより聞かされた
異世界の青年達の話を伝えた。
自分達は彼等の生まれ変わりであり、
因縁の楔を断ち切る為に生まれて来た事。

「そして…本当は、
 貴方のお父さんも…それを願ってる」
「……」
「お父さんに、会わないと。
 会って、本当の事を聞かないと。
 私達がまだ知らない、亜種人類の悲劇を。
 二度と繰り返さない為にも…
 悲劇の記憶を受け取らないといけないの」
「美雨……」

「炎の継承は、どうすれば良いの?」

不意に美雨は話を変えた。
笑顔を浮かべ、無邪気に問う。

「受け継いで…くれるのか?」
「勿論よ。私以外に居ないんでしょ?」
「美雨……」
「貴方一人に苦しい思いはさせない」

丈は思わず美雨を抱き締めていた。
感極まったのだろう。
瞳からは涙が溢れていた。

「亜種人類は貴方だけじゃない。
 パラサイダーとの事も、
 貴方だけの問題じゃない。
 全て…この星と密接に関わっていたの。
 だから…全てを元に戻そう、ね?」
「美雨……」

最も恐れていた事。
最も懸念していた事。
それを、いとも簡単に
美雨は無に返してしまった。

彼女が『巫女』で在ったのは資格故。
しかし、彼女が『神子』で在るのは
その心の強さ故であろう。
丈とは異なる『強さ』を持つ神子。

「少し…時間をもらえるか?」

恥じらいながら声を掛ける丈に
美雨は静かに頷いて答えた。
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