幸せ探し

決戦前夜編・9

久々に味わう煙草の味。
50年前の時代から持ち帰った物。
湿気る事無く、今も変わらず。

ふと思い出す。
50年前の日本、其処で出会った丈と云う名の青年。
初めて会った時のあどけない表情。
なんて幼い青年だろうと感じた。

戦いを知らず、健やかに生きてきた。
それが許される時代。
だが その時代から、社会から連れ出した。
自分が、連れ出してしまった。

「あの頃は…
 ただ、会えるだけで良いと思っていた。
 それだけが、生きる糧だった。
 結末も見えず、一緒に居られるだけで
 それだけで…幸せだった……」

彼を戦場に狩り立て、結果的に追い詰めた。
それは間違い無く、自分に責任が有る。
逃げられない、責務の重さ。

「丈…」

今更許しを請うて、何が変わると言うのか。

疾風は項垂れていた。
すると、その時。

「疾風」
「丈……」
「良かった。疾風の部屋に行こうと思ってたんだ」

丈はいつもと変わらぬ笑顔で居た。
優しい、柔らかい、自分の大好きな笑顔。

「どうしたの?」
「いや…何でも無いよ」

疾風は苦笑を浮かべながら部屋に招き入れる。
久々の2人きりの時間に、どことなくぎこちない。
それは丈よりも疾風の方が顕著だった。

「な、何か飲むか?」
「何かって…アクアミルしかないだろう?」
「それはそうだが…。
 なら、煙草でも吸うか?」
「俺…煙草は吸わないけど…」
「そ、そうか……」

らしくない言動に、我慢も限界だった。
丈は思わず吹き出し、堪え切れずに爆笑してしまった。

「丈…」
「ご、御免…。でもさ、無理も無いだろう?」

謝りながらもまだ笑っている。
暫く見る事の無かった年相応の彼の姿。
逢いたかった、丈の姿。

疾風は感極まって彼を強く抱き締めていた。

「今夜だけは…一緒に居たいんだ」
「丈……」
「疾風と、一緒に居たいんだ。
 同じ時間を刻みたい」
「俺も…同じだよ、丈…」

美雨の事を忘れた訳じゃない。
ただ、今は我侭になりたかった。
自分だけのものに留めておきたいと痛感した。
この一瞬だけでも。
今夜だけでも。

丈は静かに抱き締め返してくる。
彼も又、同じ思いでいた。

「心置きなく明日を迎える為に。
 今は只…疾風と一緒に居たい」

どんな思いでこの言葉を伝えれば良いのか。
悩んでいた数日間がまるで嘘の様だ。

『美雨、有難う…』

彼女と気持ちを打ち明けあう事で
丈は漸く前に踏み出す勇気を得た。
心の中で燻っていた炎が
やっと勢いを取り戻したのだ。

『疾風は風。風が吹くから炎は燃える。
 疾風が居てくれるからこそ…
 俺は、全力で戦える』

『丈は太陽。その暖かな光が風を生み出す。
 俺は…丈が居てくれてこそ、価値を見出せる。
 この男の為にこそ、俺の生きる意味が在る』

2人は静かに互いを見つめている。
戦場に飛び出せば、もう会えないかも知れない。
相手の事を気遣う余裕など持てないのだから。

「明日を…信じよう」

丈の静かな言葉に、疾風は黙って頷いた。
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