炎の継承

最終血戦編・3

丈の目の前に広がる荒野。
数時間後には戦場と化す舞台。

言葉は無く、只、静かに見守るのみ。

「丈……」

美雨の声に反応を示し、
ゆっくりと振り返る彼の表情は
今迄に見せた事の無い
とても穏やかなものになっていた。

「吹っ切れたみたいだね」
「うん…」
「兄さんの御蔭、かな?」

悪戯っぽく微笑む美雨に対し
丈は頬を赤らめていた。
照れているのだ。

「み…皆の御蔭だよ」
「本当に?」
「本当だって…」
「あら、だって…」
「昨晩の…聴こえた…の?」
「秘密」
「……美雨」

余りからかうのも気の毒を思ったか
美雨はそれ以上、何も言わなかった。

丈の視線は、再び荒野へ。
その先に在るであろう、敵の本拠地へ。

「…美雨」
「何?」
「…有難う」
「…何が?」
「俺を、此処に誘ってくれて…有難う」
「丈……」

「此処で、勾玉の継承を行うよ。
 良い、かな…?」
「丈……」
「うん?」
「大丈夫なの?
 その…戦う前に継承するのって……」

勾玉が無い状態では戦闘力が著しく低下する。
負けられない決戦を控え、その状態で戦い、
果たして勝利する事が出来るのだろうか。

況してや、相手はあのスペードである。
今迄散々苦杯を舐めてきた相手だ。

「大丈夫だよ」

丈は笑顔を浮かべている。
自信と力強さに満ち溢れた表情。

「俺は負けたりなんかしない。
 俺の力は…
 勾玉の能力のみに頼っている訳じゃないんだから」
「丈…」
「皆、そうだよ。疾風も、轟さんも、漣さんだって…。
 勾玉の所有者達は、それ故に
 常人には計り知れない能力と資質を
 兼ね備えている存在なんだって…
 父から学んでいたから。
 肉体的にも精神的にも優れているからこそ
 勾玉をその身に宿せるんだと」
「それって…叔父様、団長さんから…?」

美雨の言葉に対し、
丈は少し悲しそうな目を向けた。

彼の言わんとする『父』は恵一ではない。
2人だけが知る、彼の『もう一人』の父親。
彼等の到達を、この地の果てで待つ男。

「…私、受け取るよ」
「美雨……」

美雨は静かに目を閉じ、
自分に言い聞かせるようにもう一度告げた。

「丈の思いと共に、勾玉の使命を受け取る。
 今から私が炎の勾玉の継承者になる。
 必ず、丈の願いを叶えてみせる。
 だから…」
「……」

此処で2人の声が詰まる。
会話が途切れる。
自然と『次の』言葉が出てこない。
丈は、美雨の言葉を静かに待っている。

長い沈黙。
しかし…。

「だから…負けないでね」
「美雨…」
「どんな事が遭っても…
 必ずお父さんと会って、ね?」

漸く繋がった言葉、そして美雨の想い。
丈は静かに頷いている。

「あぁ。
 俺達が勝利してこその『未来』だから。
 必ず勝つよ。そして、君に繋ぐ」
「うん、信じてる…」

2人は互いを見つめ合った。
満面の笑顔を浮かべながら。
Home Index ←Back Next→