I Negoziati

海はふとブレンドを飲みながら
あずきの動きを確認していた。

「あずちゃん、先に寝ててよ」
「う…うん。それじゃ…」

名残惜しそうに二階へ上がるあずき。
その姿を確認してから
竜兵が口を開いた。

「粘ったよ、交渉。
 でも7億5千万が上限」
「足元見てやがるのか?
 断っても良いぜ」

「…海さん」
「どうする、竜?」
「…出来れば受けて欲しい。
 報復が怖いからね」
「…依頼人も消すか。
 金、受け取ったら」

「無いかも知れないね、依頼料」
「タダ働きか…」
「アレ関係だからね、相手」

「…誰でも良いさ。
 金さえ出せばな」
「そんなにお金が必要なの?
 生活は質素だけど…」
「野暮用でな」

海はCABINを銜えた。

「…要るんだよ、金。俺以外に」
「…ふぅ~ん」

珈琲のお替りを差し出し、
竜兵は欠伸を噛み殺した。

「眠いのか?」
「少しね…」
「後でサービスしてやりな。
 途中だっただろ?」
「誰の御蔭で…」
「はは、済まなかったな」

悪気も無く海は笑う。
幼い笑みで。

「不思議な人だよ、海さんは」
「何が?」
「無邪気な顔して
 危険な仕事を楽しんでる。
 不思議な魅力が有る…」
「褒めても何も出ないぜ」

「紗羅ちゃんが惚れるのも
 解る気がするなぁ~」
「紗羅が?」
「違うの?」
「只のビジネスパートナーだよ」
「勿体無い。
 あんな美人を…」
「お前の嫁さんも可愛いじゃねぇか」
「取らないでよ!」
「人妻は範疇に無い」
「独身専門だっけ?」
「高慢ちき専門」
「女のプライド踏み潰すの好きだね」
「男の鼻をへし折るのも好きだぜ」
「はいはい…」

竜兵は溜息を吐いた。

* * * * * *

満月が綺麗な夜だった。

こんな日はふと思い出す。
2年前の或る日。
初めて人間界に来た時の事。

「ふふ…あれから2年か。
 早いものね」

紗羅はゆっくりと公園を闊歩し、
事務所へと戻っていった。

「今頃マスターは竜ちゃんと打ち合わせか」

そう言いながら
広いベッドに体を投げ出す。
微かに香るCABINの煙。

「煙草が食事?
 一日何箱吸えば気が済むのかしら」

呆れながら灰皿を片付けると
ふと机の上の資料が目に留まった。

「…G関係者からの
 トップシークレットか。
 この世界も汚れてるわよね」

溜息を吐きながら
再度資料を見てみる。

「普通のスナイパーじゃ先ず無理ね。
 マスターの腕があればこそだけど、
 それでも成功率は半々か…」

人間離れした依頼。
確かに3億円は安過ぎるかも知れない。

「どうなるかしら…」

椅子に座り、紗羅は大きく伸びをした。
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