Incontro Predestinato

それは偶然だった。

公園に降り立ち、
人間を物色していた名も無い淫魔。
そんな彼女に音も無く近寄る影。

「…人間じゃないな。
 何だ、お前」

それがその男の一言だった。

「へぇ…よく
 『人間じゃない』って判ったわね」
「影、見てみな」

自分の影を見ると
うっすらと翼と尻尾が映っていた。

「あっ!!」
「修行が足りねぇな」
「う…五月蝿いわね。
 だから人間界って苦手なのよ。
 契約が果たせないと
 自由に行動も出来やしない」

「契約?」
「そうよ。
 アタシの場合、
 『人間の男と口付け』する事」
「…サキュバスか、お前」
「何だって良いでしょ?」

男は不意に彼女を腕を掴むと
強引に抱き寄せ、そのまま唇を奪った。

力強い口付けだった。
迷いの無い、激しい口付け。

「…アンタ」
「これで契約成立だな。
 自由になったんだろ?」

男は無邪気に笑っている。
その笑顔に魅了された。

「名前は…?」
「無いわよ」
「…紗羅」
「えっ?」
「お前の名前だ。
 人間界では名前が無いと不便だぜ」

「…アンタに付いて行く」
「あん?」
「付いて行くからね、マスター」

その強引さに呆気に取られる男。
マスター・海との最初の出会いだった。

* * * * * *

ベッドで竜兵を待つあずきも
同じ頃、出会いを思い出していた。

「不思議なものね…」

あれはもう5年前。
友人の付き合いで同人即売会に通い始め、
いつの間にかコスチュームプレイに嵌まっていた頃。
コスプレアイドルと称され、
モテていた時代。

自分の殻を破れる瞬間がコスプレだったのだ。

その日はメイドコスプレだった。
相変わらずの人気であったが
少し嫌気もさしていた。

誰が一体【自分】を見つめてくれるのだろう。
そう思うと寂しくなった。
すると…。

「僕と付き合って下さい!」

それは突然の告白だった。

目の前には
ハンティング帽を被った青年。
自分と同じ位の年か。

真剣な眼差し。
決してからかっているのではない。
本気である事があずきには解った。

嬉しかった。
コスプレしている自分ではなく、
【本当の自分】を求めてくれている。

「…わ、私で良ければ…」

恥ずかしそうに差し出された手を取り、
ニッコリとあずきは微笑んだ。

長年待っていた白馬の王子様。
それが竜兵だった。

「…相変わらず大切にしてくれてるし
 愛してもくれるんだけど、
 もう少し、ねぇ?」

愛用のぬいぐるみに話し掛けるあずき。
その顔は微笑んでいた。

「まだお話かな…。
 早く来ないかしら、竜ちゃん?」

ウトウトしながらあずきは竜兵を待っていた。
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