夢の内容を何度か聞いた事が有るけど
決まって、昔の出来事らしい。
マスターには家族が居ない。
孤児院と云う所で育ったそうだ。
同じ境遇の子供達と一緒に育ち
其処で様々な人間の業を見て来た。
過去を振り返る時のマスターの目は
決まって何処か寂しそうで不安そうで。
見ているアタシまで不安にさせる。
何なんだろう、この感覚は。
悪魔に解る筈の無い感覚。
「紗羅」
「ん~?」
「飯!」
「アタシは飯炊き女じゃないよ…」
回想に浸る時間も与えないつもりかしら。
まぁ…アタシが考えた所で何も解決しない。
台所に向かいながら、
アタシは頭の中身を夕食の献立にスライドさせた。
俺は親の顔を知らずに育った。
所謂【孤児】と言う奴だ。
俺がこの世に存在している訳だから
父親も母親も存在していたのだろうが
その後の詳細は誰も知らない。
無理も無いな。
知っていたら、俺を孤児院なんぞに
押し付けて失踪しやしねぇか。
居ない者は仕方が無い。
期待しても意味が無い。
子供心に、そう悟っていた。
子供らしくない子供だった。
そんな俺をいつも心配していたのは
優しかった院長先生と…
同じ身の上だった亮。
院長先生には素直に甘えられず
亮に対しても背伸びをしていた。
自分は見せられなかった。
今思っても、孤独。
そう生きるしかなかった自分。
「素直じゃねぇなぁ…」
思い出し、思わず呟く。
「ん?」
「何でもねぇよ…」
「素直じゃないねぇ~」
「聞こえてんじゃねぇか」
態と大きな声を上げて抗議するも
相手は悪魔である。
直ぐに無意味だと悟った。
「啼かせてやろうか、久々に…」
「直ぐにそう云う事を言うんだから。
良い? それじゃ脅迫にもならないわよ」
「何で脅迫になるんだよ?」
「じゃあ何? 口説き文句のつもり?
にしては…お粗末よね」
「喧しいわ…」
海の応戦は時々子供染みていて
妙に笑いを誘ってくる。
本人は至って真面目なのだから
尚、性質が悪い。
紗羅の方が時々大人の口調になるのは
実年齢から言っても仕方が無いだろう。
片や悪魔、軽く1000年近くは生きている。
「悪魔ってのはなんだ、
皆 そんな感じで口煩いのか?」
「人間と同じよ。
講釈垂れたい者も居れば
全く興味を示さない者も居るし、
お喋りから無口までより取り見取りよ」
「…やれやれ」
紗羅は再び台所に向かう。
その後姿を横目で見ながら
海は再び思い出の中に戻っていった。