Direttore dell'orfanotrofio

暇になるとふと昔の事を思い出す。
大した思い出でも無い筈なのに、不思議なもんだ。

俺は孤児。
親の顔すら知らない。
今更会いたいとも思わないし
別にそんな事はどうでも良い。

孤児院生活は少しも不便ではなかったし
同じ境遇の奴等との共同生活も不自由ではなかった。
幼くして親と何等かの理由から生き別れ、
或いは死に別れた奴等だからこそ
実年齢よりも妙に老け込んだ所があり、見解も冷めていて
所謂【お利口】な人間が多かったのも事実。
その御蔭か、人付き合いには然程苦労する事無く
此処まで成長出来たとも言える。

連中と比べれば俺はかなりの【変人】で通っており
院長としか禄に話をしなかったそうだ。
愛想は昔からかなり欠けていたらしい。
成程、言われればそうだ。

こんな俺に対して、いつもピッタリと
金魚の糞宜しくくっ付いていたのが、あの亮である。
今でこそ捜査一課の警部補まで登り詰めたものだが
昔は泣き虫の弱虫を絵に描いた様な奴だった。
まぁ、外見も女みたいだったし…仕方がねぇな。

小学校に通い出すと
俺たちの様な孤児は虐めの格好の的。
ターゲットとして狙われ易く、亮は正に【獲物】状態だった。
俺なんざ【負けず嫌い】の典型だから
自分が狙われていなくても、亮がやられていると見るや
助けを求められている訳でも無いのに、自分から加勢に行っては
相手を徹底的に殴り返し、蹴り返したもんだ。
そう、泣きを見るまでは許さなかった。
徹底的に負け根性を叩き込んでやった。

【ハングリー】なんてもんじゃない。
躾を知らない狂犬だよ。

案の定、『喧嘩っ早い』と大人達は必ず俺を叱った。
喧嘩の理由を尋ねて来たのは院長だけだった。
他の大人は誰も【原因】を知りたがらず、
俺を【悪人】に仕立て上げて
話を早く終結させようとしていた。

そう云う大人の【汚い一面】が大嫌いだった。
この頃から他人の【心】が読めるようになっていたんだろう。
そして、それによって俺は人を寄せ付けない術を覚えた。

院長だけは何時までも俺の【味方】だったが、
あの人だけは俺のそんな力に気付いていたんだろうか。
解っていたのかもしれない。
そして、哀れんでいたのかもしれない。

子供らしく無い俺を。
子供らしく生きられなかった俺を。

* * * * * *

「マスター?」

ふと気配が消えたのを不審に思い、
紗羅はそっと台所から声を掛ける。
返事は無い。

時々起こる不思議な現象。
海は確かに先程から一歩も動かず、
一人ベッドの上でまどろんでいる。

「おかしいわね…」

悪魔である紗羅さえも感知し辛い程に薄い気配。
海自身も無自覚だろうから、尚更性質が悪い。

「本当に人間なのかしら、あの男…?」

無事に姿が確認出来たからか、
紗羅は溜息を吐きながら台所へと戻った。
Home Index ←Back Next→