La mia vita

考える猶予が出来た。
一週間。
その間に、俺は
自分の将来を決めなくてはならない。
亮の人生ではない。
俺の、人生を。

実の所、結論は早急に着いていた。
それが一番自分らしい選択でもあった。

亮はどうも落ち着きが無く
キョロキョロと俺の顔色ばかり窺っている。
俺の考えが気になって仕方が無いのだろう。

そして、日曜日。
約束の日が来た。

今度は二人揃って顔を見せに来た。
本気で、俺達を迎え入れたいんだろう。
心の奥で、チクリと鋭い痛みが走る。

院長と大人達、そして俺達。
対等に与えられた『話せる』場。
俺はこの巡り合せに対し、
素直に感謝の念を抱いていた。

「答えは…出ましたか?」

大人達は再度状況をゆっくりと説明し、
それから院長が代表でこう切り出した。

「僕は…行きたい」
「亮…。決めたのですね」
「はい、院長先生…」

亮は少しオドオドしながらも
初めて自分の意見を口にした。
嬉しそうな新しい父親と母親の表情。
そして、それを見つめて微笑む亮。

俺の居場所は…【其処】に存在していない。
瞬時に、そう悟った。
もう…亮のお守りをする必要は無いのだ。

「海君…は?」

亮の母親となった女性が
心配そうに俺を見て声を掛ける。
俺の…俺の答えは…。

「叔父さん、叔母さん」
「…海?」

亮以外の人間がこの一言で気付いた。
流石は大人、伊達に長く生きては居ない。

「亮の事…宜しく頼みます。
 泣き虫だけど良い奴だから…
 可愛がってやって下さい」
「海? 何故? どうして?!」

驚いたのは亮だった。
大きな声を上げたかと思うと
俺の両肩を掴んで離そうとしない。

「どうして? 一緒に行くんじゃないの?」
「そんな事…一言も言って無いぞ」
「だって…僕は……」
「お前、自分の意思ねぇのかよ」

それまで黙っていた男性がそっと口を挟む。

「海君…。一つ聞かせて欲しい。
 君が此処に残ると決めた理由を…
 教えて欲しいんだ」
「理由?」
「そうだ。話してくれるかね?」
「簡単な事だよ」

俺は小さく息を吸い、呼吸を整えた。
流石に少し緊張する。

「此処が俺の【家】なんだ」

真に以って馬鹿馬鹿しい理由である。
流石は子供の発想、と言った所か。
だが、予想に反して彼は優しく微笑むと
俺の頭をそっと撫でてくれた。

「君が此処を守る…。
 そう云う事なんだね」
「うん」
「そうか…」

引き取られた子供全てが
幸せに成れるのであれば
俺は多分迷わなかっただろう。
だが、却って不幸な目に遭ったが為に
逃げ帰って来た者だって存在する。

引き取り先の経済事情等も
俺は少し位なら理解していた。
年頃の男の子供を2人も育てるなど、
今まで育児とは無縁だったこの夫婦に
重荷じゃないだろうか。

せめて亮を幸せにしてくれるのなら、
亮を目一杯愛してくれるのなら、
亮だけを引き取ってもらいたい。
兄貴分としての、せめてもの思いだった。

「君はまだ幼いが勇敢で利口なんだな。
 既に君は目標を見出している」
「そんな事は無いよ」
「守る事は容易い事じゃない。
 私には…解るんだ」
「叔父さん」
「海君、約束するよ。
 私達は必ず亮君と共に幸せになる。
 そして…亮君を君に負けない位
 強い男に育てて見せるよ」
「叔父さん、叔母さん。
 亮を…お願いします」

俺は二人に対し、深々と頭を下げた。
今生の別れでも無いのに
亮はさっきからずっと泣きっ放しだ。

「亮」

見るに見かねたのだろう。
院長がそっと口を出した。

「また遊びにいらっしゃい。
 此処は何時でも、貴方を歓迎しますよ」
「院長先生…」
「泣き虫亮! 少しは強くなって
 お父さんとお母さんを守ってやるんだぞ!」

俺は泣かなかった。
無く理由さえ無かった。
そして、そんな暇も無い。

これから俺は【俺の人生】と
正面から立ち向かって行くのだから。
Home Index ←Back Next→