Pulizia

「掃除?」
「そう。掃除」

ユウは笑顔でそう返した。
しかし、彼女が握っている物を見返す度に
【掃除】と云う単語に違和感を覚える。

「この街は汚れてる」

彼女はスッキリとした表情で言葉を紡ぐ。

「だから私達が居るの。
 【都会の掃除屋】がね」
「……」

何となく、彼女が言わんとしている事は理解出来た。
だが、それを認めたくない本音も感じている。

「そんな難しい顔しないで、海」

ユウはそう言って優しくキスをくれる。
彼女と男女の仲になるのは極自然の事だった。
自分は元々SEXに
あまり抵抗の無い人間だったのかもしれない。
ユウと交わる事を覚えてから
俺は孤児院を出て彼女達と暮らし始めた。
院長には独立するとだけ伝えた。

彼女達がどんな仕事で生計を立てているのかは
共に暮らし始めて2ヶ月経ってから知った。

「逃げないのね」

ユウは驚いた顔をして此方を見ていた。
同じ様な顔でボブも見ている。

「驚かないよ」
「私達が人殺しを生業としているのに?」
「そうしたくても出来ない奴が山程居るんだろ?
 其奴等の願いを叶える為に
 仕事として受けてるんだろ?」
「まぁ、そうだけドね」
「私が見込んだだけあるわ。
 やっぱり海は、他の男と違う」

ユウはとても嬉しそうだった。

「生きるってね、簡単な事じゃないの。
 世の中はとても汚れていて
 大抵の人達は理不尽な目に遭いながらも
 精一杯足掻いて藻掻いて何とか生きてる」
「…うん」
「そんな人達を嘲笑いながら
 その人達が受けるべき恩恵を
 横から掻っ攫う奴等が必ず存在する」

俺は咄嗟にあの男、悪徳不動産屋の社長
西の顔を思い浮かべた。

「良い顔してるわ。
 戦う男の顔をしている」

満足気に微笑むユウ。
彼女はこの時、既に決めていたのだろう。
自分達の【未来】を。
俺の進むべき【道】を。

今なら、解る気がする。

* * * * * *

ユウは裏では名の知れたスナイパーだった。
仕事人としての評判も高く、
パートナーのボブと共に
街を震わせる狩人と呼ばれていた。

海はボブに習って
体術、射撃訓練を積んでいた。
何時か役に立つ。
そう、ユウに勧められたからだ。

夜はユウの営むバーで
バーテンダーとして働く。
住み込みでの勤務。

「その子、誰?」
「アタシの愛人。若いでしょ。
 手、出したら駄目よ」
ユウは平然とそう客に言っては笑っていた。

『愛人』

悪くない、そう思った。

ユウとボブとの関係はビジネスで
身体の繋がりが無い事は知っていたが
一歩引いた関係が自分には相応しいと
この時、勝手に海はそう解釈していた。

ユウの傍に居られるのなら。
海の気持ちにユウは気付いていた。
気付いていたからこそ、
敢えて何も言わなかった。

* * * * * *

「ユウ…」
彼女との交わりはそれこそ毎日だった。

若い肉体を彼女に預け
愛欲に溺れる。
何よりもその時間が嬉しかった。
母の温もりを知らない海にとって
ユウは母親そのものだった。
母の胸に帰る様な気持ちで
彼女を精一杯抱いた。

「ふふ…貴方の筆卸が
 私なんかで良かった?
 こう見えてもオバサンよ?」
「ユウだから…良いんだ。
 もう離したくない…」

「海…男は強くならないと。
 強くなんなさい」
「ユウ…?」
「私の全てを、貴方に託すわ。
 忘れないで、海」
「ユウ…」
「愛してるわ、海…」

そっと抱き締められ、
切ない口付けを交わす。
海は何故か、彼女との別れを感じ取った。
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