珍しくユウが怪我をして帰って来た。
「ユウ!」
「声、落として。
…大した事無いわ」
ボブの表情は重い。
「西のスナイパーに撃たれたネ」
「西の…?」
忌まわしき男。
海の血が逆流する。
この手で…殺めたい奴。
「Tを呼んで…」
「OK」
ボブは素早くダイヤルを掛ける。
「貴方も…会った方が良い。
口は悪いし金に汚いけど…
腕の良い外科医よ」
10分後。
無精髭を生やした男が
閉店のバーを訪ねて来た。
この男が【Dr.T】。
深い色のサングラスで
目の表情が見えない。
「油断したのかい、マドンナ?」
「…否定はしないわ」
「あのボウヤがアンタを狂わせたか」
「あの子は後継者よ」
「ふ~ん。
じゃあ未来のビジネスパートナーだね」
「優しくしてやって。
アタシの遺言だと思って…」
「ユウ!」
海は思わず叫んでいた。
聞きたくない。
そんな言葉など。
「この程度の怪我じゃ死なねぇよ。
そん位解るだろ、阿呆」
「五月蝿ぇ、藪医者!」
「ほぅ…」
Tは海の目の前でメスをちらつかせた。
「良い根性してるじゃねぇか。
気に入ったぜ、ボウズ」
「…海だ」
「海。覚えておこう」
Tはその場で外科処置を行った。
麻酔も無く、撃たれた腕を切り
弾丸を取り出す。
後は素早く縫って止血を済ませる。
神業的な速さだった。
「…ま、ザッとこんなもんだ」
「恩に着るわ、T…」
「暫くは安静にしてろ。
西の奴は情報屋に探らせれば良い」
「奴は俺が殺る…」
海は並々ならぬ意思を表した。
「海…」
「奴には苦汁を舐めさせられてる。
だから俺が…」
「殺るのは勝手だが、
お前の腕じゃ返り討ちが関の山だな」
Tは冷静にそう告げた。
「人殺した経験、有るのか?」
「…無い」
「なら話にならねぇ。
西は人の血肉を食らう化け物の様な男だぜ」
「…だから力を付けてる」
「未来形だね。
何年後かの夢か…」
「T…」
それまで口を閉ざしていたユウが
静かに語った。
「西は海に獲らせるわ。
彼自身の為にね。
そう遠くない将来の話よ」
「…ほぅ。自身有るみたいだな」
「有るわ。私の秘蔵っ子だもの」
ユウは優しく海を抱き締め、キスをした。
「私の全てをこの子にあげるの」
「惚れたか?」
「多分ね…」
ユウの微笑みは何かを悟っていた。
自分はきっと西に消されるだろう。
だが、自分の思いは海に託した。
だからこの世に未練は無い。
そう言いたげな表情。
Tもボブも理解していた。
幸いな事に、
海にはその意味が伝わっていなかった。