Nachlass

「どういうふうにされるのが好みだ?」

好色な表情で下卑た嗤いを浮かべる赤ら顔の男。

「中に…出すぞ」

耳元で西に言われた言葉が突然蘇ってきた。
憎しみが湧き上がる。
陵辱されたあの日の悪夢が
今の悪夢と重なる。

ユウは雨の日、狙撃されて死んだ。
西の雇ったスナイパーだろう。

『海…』

優しいあの声はもう聞けない。

「カイ…」
「ボブ。俺は跡を継ぐ。
 ユウの後を継いで、
 この街の【掃除人】になる」
「All Right」

ボブは人懐っこい笑みを浮かべた。

「紹介したい人、居るネ。
 Come in リュウ!」
 
それが情報屋 竜兵との最初の出会いだった。

「情報屋の平松 竜兵です」
「海だ」
「あの…苗字は?」
「孤児に苗字なんて無い」
「あ…」
「俺は海。それで良いだろ?」
「No、カイ。礼儀なってないヨ」
「…済まん」
「いや、僕も変な事を聞いたから…。
 御免なさい…」
「気にしないでくれ…」

ユウを失った悲しみを引き攣っているのは
自分だけかも知れない。
そう思うと居た堪れなかった。
あの人は寂しかっただろう。
だから自分を愛してくれた。
きっと…。

「俺は…西をぶっ殺す…」

憎しみが人を強くするのなら
きっと今の海は誰にも負けないだろう。
ボブも竜兵も、そう感じていた。

* * * * * *

竜兵の情報は迅速で正確だった。

「ユウさんには世話になってたから」

そう言って笑う彼は
情報屋には似つかわしくない明るい青年だった。

「珈琲店を営むのが夢なんだ」
「へぇ~」
「オープンしたら飲みに来てよ」
「あぁ。邪魔するよ」
「約束だよ」
「勿論」

二人は固い握手を交わした。

『死ぬな』

竜兵の声にならないメッセージ。
確かに海は受け取った。

「スナイパーは元傭兵。
 射撃能力は高いけど
 不意打ちばかりだからね。
 正面切ってなら海さんの方が上の筈だ」
「元…でもピンからキリ迄在る。
 ボブ直伝の腕だ。俺は負けない」

海の目は輝いていた。
命を賭けたゲームが、今始まる。

「敵討ちと云う名の…GAME」

彼の孤独な戦いはこうして幕を開いた。

* * * * * *

不思議と何も怖くは無かった。

元傭兵だか知らないが、
正面から当たれば只の人間だった。

「こんな外道に…」

ユウが負ける筈は無い。
他に理由が有ったんだ。
海はそう信じたかった。

それから何人の返り血を浴びただろう。
漸く標的に会えた。

「逢いたかったぜ、西…」
「…?」
「お前は覚えてねぇだろうが、
 俺は良く覚えてる…。
 今日のこの日を待ちわびていた…」

珍しく饒舌だった。
西が過去の記憶を辿り、彼を思い出した時
海は拳銃を西の左胸に当てていた。

「此処か?」
「や…止めて……」
「そう言った奴を何人手篭めにした?
 何人殺した?」
「ひぃ…」
「今度はテメェの番だ」

サイレンサー付きの拳銃から煙が上がった。
生臭い液体が飛び散る。
呆気なかった。
だが、海の心は不思議と爽快で
物静かだった。

「終わったよ、ユウ…」

ガラス越しの夕焼けは
彼女の笑顔の様に美しかった。

一生忘れない。
この夕焼けを。

海は後ろを振り返る事無くその場を後にした。
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