Kind der Nacht

「抱かせろよ」

海はいつも唐突だ。
気ままにそう言っては
紗羅の身体を抱き寄せる。

やや厚い胸板が
豊満な彼女の胸を押さえつけ、
熱い口付けを交わす。

「流石に揉み甲斐が有るな」
「そんな所ばっかり褒めるの?」
「お前の性格、最悪だから」
「マスターの性格も同じ位よ」
「俺も悪魔、名乗ろうかな」
「勝手にすれば?」

紗羅は憎まれ口を叩きながらも
乱暴かつ優しい愛撫に身を任せる。

人間にしては粗暴で
悪魔にしても良い位だ。
一緒に魔界に堕ちても良い。
この男なら…。

紗羅が其処まで魅了されるのは何故だろう。
自分は淫魔。
男を魅了させる者。
そんな自分が堕ちた、男。

海は何も言わない。
ただ口よりも身体が饒舌に
彼女の全てを蹂躙する。

* * * * * *

「ねぇ…?」
「ん?」
「マスターにとって
 セックスって、何?」

「…何だろうな。
 俺は精子が不完全な体質だから
 女を孕ませる事出来ねぇし」
「…或る意味ヤリ放題な身体ね」
「まぁな」

「男とも寝るんでしょ?」
「寝るぜ」
「抱く方? それとも…」
「気分次第。相手次第。
 抱くのも抱かれるのも平気」

「…遊びか」
「ビジネスでもあるな」
「それは…」
「相手限定で。
 後は…暇潰しだ」
「暇潰しにセックスするの?」
「あぁ」
「私達の食事より性質悪いわ」
「放っとけ」

海はそう云うのを気にしないらしい。
紗羅はそんな海を気に入っている。
海も、紗羅を気に入ってるからこそ
契約し、傍に置いてる。
口には出さないが。
お互いに良く似ている。

汚れた街に住む孤独な魂。
共鳴し合って、此処に居る。
不思議な因果。

「この街に一人は広いが
 二人は狭いな」
「どう言う意味?」
「…何かをしでかすには、さ」

時々海は意味深な言葉を口にする。
紗羅には意味が解らないが。
ぼんやり何か物思いに耽った表情で。
その表情が酷く重い。

「マスターは何故…」
「ん?」
「…何でもない」
「そうか」
「早く抱いて…」
「…あぁ」

どうして、【掃除人】になったの?

それは聞けない。
何故か憚れる。
悪魔のクセに。
相手は人間だと言うのに。

何故か海には勝てない。
初めて逢った時から
こうなるって決まっていたのだろうか?

「不思議なものね」

海の愛撫に身を任せ、
紗羅の声は闇夜に消されていく。

都会の街は眠らない。
そして二人の夜はこれからだ。
孤独な魂が溶け合って行く。
ゆっくりと…。

* * * * * *

「黙ってろ」

マスターがそう言う時は決まって相当お冠だ。
滅多に怒らない奴だから
本気にさせるとかなり怖い。

大体が裏仕事の計画中。
何か口を挟もうものなら
速攻でこの言葉が来る。

遊びの邪魔をしないで欲しいのかしら。

全く、面倒な男だこと。

アタシはそんな時、夜の街に出る。
誰も引き止めない。
アタシは元々夜の眷属。
夜はアタシの為にある。

街を彷徨い、つまみ食い。
これで大抵アタシの気は晴れる。

心が広いのよ。
感謝しなさいよね、マスター。

* * * * * *

今日も機嫌が悪そうだ。
眉毛が釣り上がってる。
眉間に皺まで寄せて。
良い男が台無しじゃない。

何を考えてるのか
そっと傍に近付こうとした。
勿論このままじゃ怒られるから
姿を消してね。
それなのに。

「紗羅…」

バレちゃったのよ。
コイツ、どうなってる訳?
本当に人間?

怒られちゃ堪らないから
そっと逃げようとしたら
腕を捕まれてた。

どうやって姿消してる悪魔の
腕を掴めるのよ?

「コッチ来いよ」

別に怒って無いと彼は言う。
不思議な奴。
こんな人間、初めて…。

マスターの事考えると
一寸だけ胸がチリチリ痛む。

なんて人間なんだろう。
一緒に居てて
益々解らなくなるわ…。

* * * * * *

優しい声で『黙ってろ』と
囁かれる時が一番好き。
甘えてるのが解るから。

口は悪いけど、
身体は大きいけど、
アタシから見たら
彼はまだまだ子供だし。
母親の様に接してあげるの。

…嫌がるんだけどね。
でも良いじゃない。
偶には対等以外でありたいの。
勿論、アタシが優位でね。
文句有る?
アタシは悪魔ですよ。
そう言うと黙ってしまうから可愛い。

人を虜にするはずの淫魔を
逆に虜にしてしまった人間。
きっとそんな男はアンタだけ。
他には有り得ない。
考えられない。

其処まで深くなったアタシ達の関係。
アンタはちゃんと理解してる?

思い切り暴れておいでよ。
そして疲れ果てたら
帰って来て。

目一杯抱き締めてあげるから。
黙って、抱き締めてあげるわ。
いつまでもね…。
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