Scene・5

File・1

「此処」

千尋が未津流を案内したのは
小さな喫茶店であった。

「此処のケーキセットが美味しいの」
「何ケーキがお勧め?」
「モンブラン、かな?
 未津流君はケーキ好きなの?」
「大好きだ」

屈託の無い未津流の笑顔に
千尋も嬉しそうである。

「じゃあ、お茶飲み友達にもなれるね」
「そう云う事。
 素敵な間柄だと思わないかい?」
「素敵ね!」
「さぁ、入ろうか」

未津流のエスコートに満足そうな千尋。
一人前のレディとして接してくれるこの男性に
すっかり安心した様だった。

* * * * * *

「感度良好」

相変らず鷲汰は盗聴中であった。
然も今回は二元中継。

どうしても気になるから、と
一つを未津流に持たせ
もう一つは何と依頼主である女優の自宅に
設置させたのであった。

勿論、鷲汰は指示しただけ。
実際設置を行ったのは
工事員に扮装した璃虎と拓馬である。

「未津流さん、ワクワクしちゃって。
 あの人、ロリコンだったんだね。
 刑事ドラマごっこばっかりしてるから
 女に興味無いのかと思ったら…」

口ではこんな調子だが、鷲汰の目は笑っていない。

もう片方の不穏な動き。
言葉は無いが、気になる物音。

「また…俺の気紛れな勘が当たっちゃったかな?」

徐に煙草を探すが、どうも見当たらない。
イライラが募ってくる。

「便利な女が傍に居りゃなぁ……」

意味も無い言葉を呟く鷲汰であった。

* * * * * *

「璃虎」

休院日との看板を無視して入ってきた声に
彼の表情が何故か綻んでいた。

「竜彦(たつひこ)…」
「やっと逢えたよ。かれこれ何ヶ月ぶり?」
「2ヶ月、かな?」
「遠距離恋愛も楽じゃないよな」

竜彦は慣れた調子で椅子に腰掛けると
静かに辺りを見回した。

「この様子だと、相変らず忙しそうだな。
 几帳面なお前が掃除もせず、か」
「不衛生だな…とは思う。医者失格だよ」

「なぁ、璃虎」
「ん?」

「俺達、一緒に暮らさないか?」
「竜彦……」

「お前が小児科の仕事に責任を感じている事、
 この場を離れたくない事、
 それは解ってるつもりなんだ。
 けど、俺はお前と一緒に居たい」
「それは……」

「俺が今住む孤島でも小児科の先生は欲しい。
 それ以前に、俺はお前ともっと近くで生きていたい」

「……もう、何年保留にしてたっけ?」
「まぁ、決断を下し難い事を敢えて聞いてるんだがな」

竜彦は笑顔を崩さない。

「俺はいつまでも待ってるから。
 お前が了承してくれるまで」
「竜彦…、御免……」

どうしても決断に踏み切れない苛立ちが
璃虎の中で渦巻いている。

竜彦もそれが解るのだろう。
何も言わず、優しい眼差しを彼に向けていた。
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