Scene・9

File・1

珍しい人影が事務所に有った。

鷲汰と璃虎が揃って
未津流を訪ねて来たのだ。

「その分だと収穫が有った?」
「千尋ちゃんの御心のままに」

鷲汰がそう言っておどけると、
千尋もつられて吹き出した。

「千尋ちゃん。
 突然だけど、パパに会いたい?」
「パパって…生きてたの?
 亡くなったんじゃないの?」

千尋の驚きはかなりのものだ。
どうやら
「父親は既に他界した」とでも
吹き込まれていたのだろう。

「あの女狐……」

璃虎の悪態にも納得がいく。

「お父さん、元気だよ。
 ずっと君を探してたって」
「良かったね、千尋ちゃん。
 パパの事、大好きなんだよね」

未津流の言葉に、彼女は大きく頷く。

「本当はね…パパと一緒に
 暮らしたかったの。
 パパの事が大好きだし、
 パパ…お料理とか出来ないし。
 でもね…。
 知らないおじさんが
 『ママと一緒に暮らした方が
 絶対幸せだから』って…」

「知らないおじさん?」
「多分、同業者」

未津流は複雑な表情だ。

「離婚調停か、裁判か。
 まぁ…要するに
 経済力プラスアルファで
 女史が勝ったんですわな」
「で、表向きの養育権を
 奪っちゃった訳か」
「千尋ちゃんがまだ…
 小学生になる前の話だから
 無理矢理だわな」

「未津流さん、怒ってるね~。
 珍しく怒ってるね~。
 千尋ちゃんが可愛いから」

鷲汰は先程から一見すると
巫山戯た態度ばかりだ。

だが、こんな重い話題である。
千尋が必要以上に傷付かない様にと
彼なりに配慮しているのだ。

ただ巫山戯ているだけなら
当然璃虎が黙っていないだろう。
それが何も言わないのは
きっと『解っている』から。

「お前、聞いたよ。
 【奴】を動かしたんだって?」

未津流は不意に視線を鷲汰に向けた。

「未津流さんにチクった?」
「チクられた。
 ま、奴が出て来たら…間違い無く
 派手な【祭り】になるなぁ」

未津流は敢えて【祭り】にアクセントを置いた。

それが何を意味するのか。
少なくとも此処に居る男共は全員知っている。

知らないのはか弱き乙女、
千尋だけである。

「下拵えは拓馬がやってくれたよ。
 アイツ、本当に器用だよね~」

上機嫌な鷲汰。
遠足前の子供と同じだ。

璃虎はと云うと先程から
口の端を器用に引き攣らせて
無理やり苦笑を浮かべている。

「仲、悪いの?」
「誰と誰が?」
「鷲汰さんと…璃虎さん」

千尋の鋭い観察力と指摘に
璃虎が唖然としたのは言う迄も無い。

当然、そんな彼の姿は
鷲汰と未津流のコンビによって
格好の笑いのネタにされた。

* * * * * *

『よう』

鷲汰の事務所宛に吹き込まれた留守番電話。

『網に掛かったぜ。
 簡単だな、あのヒモ野郎。
 声もバッチリ抑えたし、
 格好のターゲットになってもらうよ』

声は更に続く。
淡々として、説明的な口調。

『女史からの支払いは全部済んでるのか?
 まだだとしたら、
 後は期待出来ないぜ。
 彼女、もう芸能界では活躍出来ないし』

一呼吸置き、更に続く。

『まぁ、今迄良い夢見たんだ。
 もう充分だろうさ』

声は「最後に」と付け加えた。

『俺、フェミニストの王子様だし。
 やっぱりあの子には
 笑ってて欲しいよな。
 フォローは巧くやれよ、詐欺師!』

軽い笑い声をBGMに、
やがて電話は切られた。
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