Scene・2

File・2

診察を終え、束の間の仮眠中。
胸騒ぎを覚え、ふと目を醒ますと
案の定 悪い予感が的中していた。

「やっぱりお前か、鷲汰」

嫌々ながらもソファから体を起こし
璃虎は静かに鷲汰を見つめている。

「誰?」
彼の隣に居る少女に目をやり
念の為、尋ねてみる。

「知り合い?」
「つい先程」
「…ナンパ?」

璃虎は溜息を吐いて再びソファへ。

「怪我してるんだよ」
「だから?」
「医者だろう?」
「俺は小児科医。
 高校生は該当しない。
 外傷なら外科に行け」

「よく高校生って判ったな…」
「お前の守備範囲に中学生は入ってない」

璃虎は面倒臭いとばかりに
手の平を返して振っている。

「そうも行かなくてさ。
 頼まれてくれよ、璃虎」
「嫌だ」
「幼馴染の間柄だろう?」
「断る」

【幼馴染】の間柄で
散々煮え湯を飲まされてきた。
それもある為か
ガンとして璃虎は承諾しない。

「ガキが犬猫拾ってくる感覚だな。
 面倒も見られないのに良い人ぶるなよ。
 大概迷惑だ」
「…随分な言い方するんだな、璃虎」
「……させてるのは誰だ?」

鷲汰がかなり不機嫌になっているのを
彼は顔も見ずに察していた。

鷲汰は確信を突かれる事が苦手である。
時折ムキになり、別人の様に荒れたりもする。
宥めるのにかなり時間を浪費する事も。

「璃虎」
「…帰れ、シュウ」

鷲汰の方も今の璃虎が
自分を嫌悪している事には気付いている。
かなり機嫌が悪く、鷲汰の顔も見たくない時は
昔の呼び方、【シュウ】に戻っているのだ。
多分、本人は気付いていないが。

男二人が陰険な睨み合いをしているその時、
診察室の方で硝子の割れる音がした。

「?」
「…連れ、何処に行った?」
「あれ?」
「あれ?じゃねぇだろ!」

璃虎は鷲汰を一喝すると、
彼よりも素早く診察室に向かっていた。

* * * * * *

少女はどうやら硝子の破片で
自分の手首を傷つけていたらしい。
所々に飛び散る紅い叫びが
生々しい。

「…掃除するのが大変なんだよ。
 血痕は落ち難いんだ」
「お前な、そう云う場合か?」

鷲汰は本気で彼を嗜め、
少女の止血を施し始めた。

「放っておけば良いだろう?
 見せ掛けだけの行為なんだし」

心底軽蔑の眼差しを少女に向け、
璃虎は厳しい言葉を浴びせる。

「そうやって自分を傷付ければ
 誰かが庇ってくれるもんな」
「璃虎……」
「甘ったれてんだよ。
 胸糞悪いわ、本当」

「アンタに…解るもんか」

少女は妙に落ち着き払った声で
璃虎に言葉を返す。

「解りたくも無い」

にべもなく言い放つ彼は
鷲汰の記憶に残す過去の彼に酷似していた。

「璃虎」
「…ん?」
「…悪かったな」
「……」

鷲汰は静かにそう言うと
不満げな彼女を連れて診療所を後にする。
一人残った璃虎もまた
何を言う事も無く、
荒れた診察室を静かに片付け出した。
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