Scene・8

File・2

「鈴蘭がっ?!」

拓馬から電話を受けた鷲汰は
思わず叫んでしまった。

「で、け…け……」
『怪我は無いですよ。
 彼女、滅茶苦茶強いんです!』
「つ…つ……」
「替わりなさい」

少しも話が進まないので
業を煮やした未津流が受話器を奪い取った。

「鈴蘭ちゃんは武術の心得が有るのか?」
『みたいですね。
 どう云う経緯かは知りませんが
 喧嘩の一言では片付かない身のこなしでした』
「しかし、本職を怒らせたとあっては拙いでしょ」
『そうなんですよね…』

心配しているのは拓馬も一緒。
それを知って未津流は少し安心した。

* * * * * *

「…拓馬さん?」
「あ、気が付いたんだね」

鈴蘭は散々暴れて気が済んだらしい。
一眠りの後、現れたのは水仙だった。

「あのさ、一つ質問しても良いかな?」
「どうぞ…」
「水仙ちゃんって…
 昔 何か武道を習ってた?」
「嗜み程度ですが…柔道と空手を」
「嗜み程度…。成程……」

余程熱心に稽古を積んだに違いない。
言葉通りの嗜み程度では
あの身のこなしを体得出来ないだろう。
それは、拓馬にも理解出来る。

『武道有段者の動きなら見て来てるから…』

拓馬は一息吐くと、
台所に向かう事にした。
先程、薬缶を火に掛けていた。

「咽喉、渇いてない?
 お茶を淹れるから待ってて」
「あの…拓馬さん…」
「はい?」
「その…鷲汰さんには……」
「大丈夫。連絡は入れてるから」
「いつも済みません……」
「気にしないの。
 迎えが来る筈だから、ゆっくりしててよ」
「はい」

水仙の微笑みは
鈴蘭の元気な笑顔とは違う。
何処か薄幸の気配を感じさせる。

「幸せにならないと、駄目だよな」
「?」

拓馬の思わず漏らした独り言に
水仙は首を傾げていた。

* * * * * *

「武道はどうも母親の勧めらしいね。
 自己防衛の為に習ったんだと」
「へぇ……」
「しかし、それにしても黒帯だよ。
 強い筈だよな」
「へぇ……」

璃虎の言葉に、鷲汰は一々頷いている。
正直煩わしい。

「怪我が無くて何よりだったよ。
 俺は相手の事を知らないけど…
 未津流さんに聞けば、
 かなりヤバい奴等だって言うし」

「市が絡んでるからな」
「市がヤクザと絡む事自体
 おかしいと言えばおかしいんだって」
「おかしいよな…」
「今日のお前と同じだ」

璃虎は悪態を吐くと不敵に笑った。
何か考えでも有るのだろうか。

「竜彦、帰って来る」
「え? タッちゃんが?
 俺は何も聞いてないぞっ?!」
「言ってもメリット無いだろうが」
「だけどよぉ……」

「水仙の件は竜彦にも相談してる。
 心療内科の繋がりを持ってるからさ」
「おぉ…準備周到」
「問題は、彼女の家族の方。
 確か、離婚調停中だろう?」
「あぁ? それ、未津流さん情報か?」
「守秘義務が有るのに言う訳無いだろう。
 それに、未津流さんは担当してないし」

「じゃあ…誰の情報?」
「水仙」
「俺には何も教えてくれないのね…」
「信用ねぇんだよ」

璃虎は素早く支度を整えると
そのまま事務所の玄関に向かう。

「彼女はどうも自立を目指しているらしい。
 鈴蘭の事も有るし、
 俺達がサポートしてやれないかな?」
「璃虎…」
「前向きに考えておいてくれよ」

軽く右手を振り、璃虎はそのまま事務所を去った。
その後姿を見送りながら
鷲汰も又、微笑みながら右手を軽く振っていた。
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