事件ファイル No.10-11

ビル清掃員転落死亡事故 及び 甲斐 幸秀 失踪事件

昔はもっと笑っていた様に思う。
少なくとも、こんな皮肉屋では無かった。
共働きの両親の興味はいつも仕事に向けられ
一人息子であった自分に向く事は無かったけれど
それでも祖父母の愛情に育てられ、
真っ直ぐに生きてきたと思う。

志穂の件を偶然にも知った事で
運命の歯車は確かに大きく傾いた。
最期迄信じて希望を託した嘗ての相棒は
今や宿敵の幹部として
此方に牙を剥く存在と化した。

正直、限界かも知れない。
そんな弱音が脳裏を何度も過る。
死を前にしても芽生えなかった筈なのに。

トントン

誰かがドアをノックしている。
ロッソならば問答言わずに入ってくる。
ゲールであれば、事前にテレパシーを送ってくる。
そのどちらでもないとすると。

「…どうぞ」

声は掛けたが、扉を開ける気力迄は無い。
しばらく沈黙が流れ、やがて扉が静かに開く。

「鍵、掛けてないのね」
「別に必要あらへんやろ。
 俺が部屋にるんやし」
「今は誰とも会いたくないんじゃないかって
 思ったから……」
「お前以外には正直会いとうないわ」
「……」
「…志穂」

シーニーは振り替える事無く
そのままの姿勢でベルデを本来の名前で呼んだ。

「…済まんかったな。
 ずっと、本当の事を言わんで」
「言わなかったんじゃない。
 言えなかったんだよね?
 私がショックを受けるって思ってたから…」
「……」
「それは以前から晋司が言ってた。
 貴方は斜に構えたポーズを取るけど
 本当は誰よりも優しい男性ひとだからって」
「鷹矢が?」
「えぇ。あの人も大概天邪鬼だし…」
「……」
「甲斐さん」

ベルデも又、シーニーを本名で呼んだ。

「もう、我慢しなくても良いよ」
「? 志穂っ?!」
「もう…独りで苦しまないで」

彼女は幼子にそうする様に
椅子に座ったままのシーニーを優しく抱き締めた。
散々傷付いて来たその心を、魂を癒すかの様に。

「今迄ずっと、私を守ってくれてありがとう。
 今度は…私が皆を守る番だから」
「志穂……」
「ね?」

そう言って微笑むベルデの表情が
真っ暗なモニターに映し出されている。
懐かしい過去の記憶に残る祖父母の笑顔と
今の彼女の笑顔が重なって見えた。
いつだって祖父母はこう言って守ってくれた。
自分達は『いつでも幸秀の味方だ』と。

シーニーの目から涙が一筋流れた。
皮肉屋の仮面ペルソナ
ベルデの前で音を立てて壊れていく瞬間。

ベルデは何も言わず、優しく抱き締めたままだ。
シーニーは震える腕で彼女の細い腕を
縋りつく様に抱き締めていた。
ずっと守りたかった少女。
そして、守り切れなかった少女。

『もう…これ以上、このを苦しませたくない。
 花菜子ちゃんの様な目に遭う人を
 これ以上増やしたらアカン……。
 全てを終わらせるんや。
 俺等【Memento Mori】の力で……』

【Memento Mori】計画を立ち上げた時の熱い思いが
少しずつシーニーの中で蘇りつつあった。
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