事件ファイル No.10-12

ビル清掃員転落死亡事故 及び 甲斐 幸秀 失踪事件

よ行け! 振り返るなっ!!」

その声に答える事は出来なかった。
怖じ気付いていた。
彼の背後に迫る足音に。
きっと逃げ切れない。
そう、諦めていた。

「くっ!」
「甲斐っ?!」

甲斐は壁の非常ボタンを叩き押した。
二人の間にシャッターが下りてくる。
シャッターが下りれば、甲斐を助け出せない。
それが解っていて、彼は…。

「志穂を頼んだぞ、瀬戸。
 絶対に…奴等に渡すなよっ!!」
「甲斐っ!!」

それが二人を永遠に分かつ壁となった。

* * * * * *

「俺なんかを信用するから」

煙草を吹かしながら水間はふと呟いた。
廃墟ビルの屋上で
彼は冷めた目でネオン街を見下ろしている。

「こんな汚れた街に何の価値がある?」

甲斐の死は、水間誕生の切っ掛けにもなった。
仮死状態の志穂の身柄をGvDに渡し
自身は改名して警察官僚の道を進んだ。
GvDの観察者として、三権に睨みを利かす。
不穏な動きがあれば逐一報告を入れる。
それが、今の水間の役目。

「阿佐は完全に奴等に取り込まれた。
 これだから幻想主義者は困る」

水間は阿佐の正義感を【幻想】と言い捨てた。
彼にとって正義ですらも価値が無い。

ふと、志穂との再会を思い出した。
彼女とだけは旧友との再会の様に心が躍った。
話の内容は大した物ではなかったが
この短期間で彼女は驚く程の速さで成長している。

「早く、早く覚醒してくれれば…
 この腐った世界ともおさらば出来る」

それが水間の望み。
唯一残った、生きる意味。
そして…。

『へっ、臆病者の言う台詞だな』

耳に残っていたのだろうか。
ロッソに放たれた言葉が脳裏を過った。

『莫迦じゃねぇの?』

彼は心底軽蔑した顔でこう言った。

『お前とは話にならねぇ』

水間の顔が見る見るうちに歪んでいく。

「殺してやる…」

彼は己の殺意を隠す事無く
吸っていた煙草を握り潰した。

「NUMBERINGだろうが、不老不死だろうが
 必ず破壊してやる。
 二度と蘇れない様に徹底的に壊してやる。
 覚悟しておけ、H-S-Kぃ…っ!」

水間はそう言うと、足早にその場を後にした。

* * * * * *

締め切った部屋から青い月を見つめる。
部屋の電気もつけぬまま
ロッソは静かに月を眺めていた。
波の音が耳に優しく届いて来る。

「この生活も、あとどの位続くのか…」

静かな部屋で、彼の声はやがて
波の音に溶けていった。
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