事件ファイル No.10-4

ビル清掃員転落死亡事故 及び 甲斐 幸秀 失踪事件

翌日。
ロッソが厨房に姿を見せる。

「あれ?」

居る筈の姿が見当たらない。

「志穂は?」
「ちょっと出掛けてくるって」
「出掛ける?」
「そうよ。志穂ちゃんから何も聞いてない?」
「…あぁ。出掛ける話なんてしてなかった」

ロッソの表情が一気に険しくなる。

「心配なら、後を追い掛けると良いわ。
 今から1時間程前に出掛けたから」
「妙子……」
「昔から変わらないわね、そう云う所」
「?」
「顔に出てる」
「…マジか」
「えぇ。安心したわ」

妙子の笑みも又、昔を彷彿とさせる。
高校時代に戻ったかの様な錯覚。

「一寸出掛けてくるわ」

必要な物をポケットに突っ込むと
ロッソはそのまま一陣の風の様に出て行った。

* * * * * *

誰かに呼ばれた様な気がした。
だから、その声が聴こえる方へと歩を進めた。

大通りは人々の【心の声】が響いて苦手だった。
その雑音を遮断する為、
彼女は一人で外出する時に
大きめの白いヘッドフォンを着けていた。

人ごみの中、彼女はその姿を見付けた。

「水間……」

水間は表情を変える事無く
真っ直ぐ此方へと向かって来ている。
ベルデもそのまま立ち止まり
真正面から黙って彼を見つめている。

「会いたかったよ」
「あら? 私は別に会いたくなかったわ」
「つれない事を言うんだな」
「貴方は本当の心を隠しているから」
「君にだけは正直に接しているつもりだが」
「そうなんだ」

ベルデは周囲の音を確認した。
どうやら水間の後を追い掛けている者は居ない。
盗聴器や録音機材の気配も無い。

「只 話がしたかっただけだ。
 二人きりでな」

その声が、いつもと随分違った。
何処か弱々しい、元気の無い声。
迷いのある声だった。

「じゃあ、歩きながら話しましょう。
 その方が警戒されなくて済むわ」
「感謝する」

やがて歩行者信号が青を点灯すると
二人は新たな人ごみの中へと消えて行った。

* * * * * *

「どれだけ貴方が事実を知っているのか判らないけど」

話を切り出したのはベルデの方だった。

「高須賀 研斗さんの転落事故。
 あれ、調べ直したんだけど…
 事故じゃないわよね?」
「何故そう思った?」
「ザイルの切り口の画像を見たの。
 あのザイルの切断部分は自然に切れた物じゃない。
 誰かが意図的に切り口を入れたか、それとも…」

ベルデは真っ直ぐに水間は見つめた。

「作業員に化けた何者かが、鋭い刃物で切った」
「……」
「もしザイルが意図的に切断したものであるなら
 これは転落事故なんかじゃない。
 明らかな殺人事件」
「…そうだな」
「認めるの?」
「もう時効だろう」
「果たしてそうかしら?」

思わず水間が溜息を吐く。
阿佐には見せた事の無い、随分と弱気な姿勢。
そんな彼の姿を、ベルデは15歳とは思えない程
冷静な視線で見つめていた。
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