事件ファイル No.11-9

的場一家虐殺事件・後編

ベルデは一人、バルコニーから海を眺めている。
陽の落ちた世界の海は
空の紺色と相まって境目が見え難い。
潮風が優しく彼女の髪を撫でている。
その横顔が月明かりに照らされているが
表情は非常に重かった。

「ベルデ?」

背後から声が聞こえる。
この声は…阿佐のものだ。

「こんな時間にバルコニーじゃ風邪引かないか?」

彼はどうやらベルデを心配して
此処に来てくれた様だ。

「ん…。少し、考え事」

そう呟くと、ベルデはゆっくりと振り返った。
その首元にはいつも着けているチョーカーは無い。
肝心のチョーカーは彼女の右手に。
そして。

「…えっ?」
「気になってたんだよね、チョーカーの下」
「ベルデ……」
「気持ち悪いでしょ?
 こんな所に目が付いてるの…」
「……」
「御免ね。だからずっと隠してたんだ。
 こんな所に目を付けた人間なんて…
 世界に存在しないから……」

そう言うと、ベルデは俯いた。
嗚咽が漏れ聞こえてくる。
耐え切れず、阿佐はそのまま
彼女を優しく抱き締めていた。

「阿佐…?」
「御免、ベルデ。
 こう云うの、本当はロッソの役なんだけど…」
「……」
「俺は気持ち悪いなんて思わない」

阿佐はベルデの耳元でハッキリとそう言った。
心の声も、全く同じ口調・同じ音の強さだ。

「嘘…。だって……」
「確かに首元に目がある人間なんて居ないだろうさ。
 でも、その目もベルデの一部だろ?
 ベルデは俺を信じて、自分の姿の全てを
 見せてくれたんだろ?」
「…うん」
「俺は、そんなベルデの気持ちが嬉しかったんだ」
「阿佐……」

阿佐はそのまま優しくベルデの髪を撫でている。

「俺だけじゃない。
 妙子さんや和司君だって、きっと同じ事を言うよ」
「そうなの…?」
「そうさ。ほら」

阿佐はそう言うと、ゆっくりとベルデの体を離した。
彼女の目に映ったのは
笑顔で此方を見ている妙子と和司の姿だった。

「妙子さん…。和司君……」
「ずっと苦しんできたのね、志穂ちゃん…。
 でももう大丈夫よ。私達が居るから!」
「しほちゃん、げんきだして!
 ぼく、しほちゃんだいすき!」
「妙子さん…、和司君…。阿佐……」

ベルデはその場で泣き崩れた。
妙子と和司は慌てて駆け寄り
彼女を優しく抱き締めている。

「…そんな所で見てないでさ」

誰かの視線を感じたのか。
阿佐はその視線の方に向き直ると
苦笑を浮かべて手招きする。

「…泣かせてやるなよ。
 気にしてたんだから」
「泣かせるつもりなんて無かったんだけど…」

尚も苦笑を続ける阿佐に対し
影からベルデを見守っていた
【Memento Mori】のメンバーも
それぞれに笑顔を浮かべていた。
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