事件ファイル No.12-12

Rosso 破壊命令

鷹矢 晋司には父親が存在しない。
死別ではない。
どう云う理由で彼の母親が妊娠したかは不明だが
晋司を出産する頃には
本来父親である筈の男の姿は周辺に無かった。
彼は私生児としてこの世に誕生し、
それ故に 理不尽な苛めを受けて育ってきた。
母親に唯一見せる優しい笑顔と
何もかもに諦めた、凡そ子供らしくない醒めた表情。
それが、鷹矢 晋司の幼少時。

「片親で育ったとは聞いてたが…
 私生児やった事迄は知らんかったな……」
「妙子さんも、その辺りは言いたく無さそうだった。
 きっと、思い出したくなかったのね」
「やろうな。特にこの頃やと
 鷹矢の奴は妙子さんにも心を開いとらんし」
「……それは、どうなんだろう?」
「ん? 何や?」
「声が聞こえる。晋司君の、声……」

ベルデは耳を澄ませている。
彼女の【耳】を通じて聞こえてくる声。

『助けて……』

「これ…?」
「えぇ。晋司君の心の声」

『一人は、嫌だよ…。
 寂しいの、怖いよ…。
 誰か、助けて…。お母さん……』

「……」
「彼には、お母さんしか居なかった。
 だけど、お母さんは常に一緒に居てくれない。
 その理由も彼はちゃんと解っていたから
 寂しくても、我慢するしかなかった……」

ベルデはゆっくりと
部屋で一人寂しく食事を済ませる
晋司少年に近付いていく。
本来過去のイメージである晋司は
ベルデの存在に気付かない筈だった。
しかし。

「お姉ちゃん、誰?」
「私は、志穂」
「し、ほ?」
「そう。志穂って云うの。
 大きくなったら、貴方と一緒になるのよ」

ベルデはそう言って優しく微笑むと
包み込む様に晋司を抱き締めた。
母親の胸に抱かれる様な感触に
晋司は抵抗する事無く、甘える様に抱かれている。

「良い子ね、晋司君。
 貴方はとっても良い子」
「皆、僕の事 要らない子って言う…。
 僕が居なければ、お母さんは不幸じゃなかったって。
 僕が生まれてきたから、お母さんが不幸になったって…」

涙を流しながら、晋司少年は心の内を明かした。
無責任な大人達の陰口に深く傷付いた少年の叫び。
黙って聞いているだけに見えたシーニーも
両手の拳を固く握り締め、怒りを堪えている。

「お母さんは、不幸じゃない」
「…そうなの?」
「他の人になんか判らないわ。
 お母さんがどれだけ、晋司君を愛しているか。
 晋司君が生まれて来てくれて
 どれだけ嬉しかったか……。
 そんな汚い言葉を使う人達には…
 絶対に解りっこないのよ……」
「お姉ちゃん……」
「産まれて来てくれてありがとう、晋司君…」
「妙子ちゃんと、同じ事…言ってる……」
「妙子ちゃんは貴方の味方よ。
 ず~っと、貴方を信じてくれる大切な人」
「妙子ちゃんが…?」
「そう。だから、守ってあげてね。
 貴方には、それだけの力が有るんだから」

ベルデはそう言うと、そっと晋司にキスを送った。
いつも彼にする様に、優しくその小さな唇に。
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