空気の変化を感じ取り、シーニーが声を掛ける。
ベルデの腕の中に居た晋司の幻が
突如として掻き消された。
「また別の意識が潜り込んどる。警戒してくれ」
「うん。解った」
シーニーは素早くベルデの許へ移動し
彼女を守るべく周囲を伺っている。
『…れば、良かった』
突如聞こえてくるその声は
確かに少年のものではあるが、晋司とは違っていた。
「この声にも、聞き覚えがある…」
「もしかして…これは、瀬戸?」
「えぇ…。若しくは……」
「阿倍 亮平、なんか……」
ベルデとシーニーは顔を見合わせ、力強く頷いた。
知る必要がある。
水間が心に秘めた【闇】を。
それはきっと、彼が今迄語って来なかった
少年時代に隠されていると二人は考えていた。
唇の辺りに熱を感じ取る。
誰も居ない筈のこの暗い空間で。
確かに、誰かがそっと唇を重ねてくれた。
感触だけが生々しく残っている。
「…し、ほ……?」
弱々しいロッソの声が室内に木霊し、消えていく。
返事をくれる者は誰も居ない。
唯一人、取り残された空間で
この温もりだけが自分を支えてくれる。
= 俺は…此処、だよ…。志穂……っ =
キラーノイズに脳を侵食され続ける中
それでもロッソは、まだ抗っている。
彼の思いは唯一つ。
もう一度、ベルデに会いたい。
その一念で彼は現状を打破しようとしている。
「う…うぅ……っ」
体が激しく痛む。
脳に負担が掛かったのか、
耳から又 血が流れ出した。
戻りたい。
帰りたい。
あの腕の中に。
「し…ほ……」
意識が遠退く。
束の間の休息になるのだろうか。
それとも、此処で力尽きるのか。
そんな事を薄ら思い浮かべながら
ロッソは静かに瞳を閉じた。
激しい風が吹き荒れている。
ベルデとシーニーの侵入を拒むかの様に。
シーニーはベルデを確りと支えながら
一歩、さらに一歩 足を進めて行く。
「此処は…?」
荒廃したアパートの一室。
物が雑多に散らかり、その中央に少年は居た。
ボサボサの髪から見え隠れする瞳。
痩せ細った体に残る虐待痕。
「亮平…?」
シーニーがそっと声を掛ける。
少年は一瞬目を大きく見開いたが
直ぐに顔を背けた。
『大人は信用出来ない』
口に出さない彼の心の声が
ベルデとシーニーの耳に届く。
「これがお前の過去か、瀬戸…。
こんな生活が嫌で、抜け出した先が…
更なる地獄に続いとったなんてな……」
「甲斐さん……」
シーニーは涙を抑える事無く泣いていた。