殴られ、蹴られ、手足をもがれて…
その辺りから『死への恐怖』を感じ出した。
ピークは男共に回され、
嬲られた時だったかもしれない。
男としての尊厳を完全に破壊され
その後はどちらかと言えば…諦めてた。
復讐を。
生きる事を。
又、同じ様になるんだろうか?
これ以上は意識を維持出来ない。
蓄積ダメージは既に限界を軽く超えている。
脳にもかなりの衝撃を受けているだろう。
…御免。
俺、もう…帰れない。
御免な、志穂。
ずっと傍に、そう約束したのに……。
御免…志穂。御免な……。
様々な体液が付着し、ロッソの体を
彼は大の字の状態で意識を失っていた。
「仮死状態に入ったのか。
しかし此処迄のダメージを食らって
そう簡単に復活は出来まい」
水間はそう呟き、笑みを浮かべた。
だが次の瞬間。
「何っ?!」
ロッソの体から炎が解き放たれた。
まるで蛇の様に怪しく蠢き
側に立っていた男達や人形を
問答無用で飲み込んでいく。
間一髪、その場から避難した水間は
モニター越しにこの異常な事態を見守っていた。
ロッソの意識レベルは
彼の様々な生態データを記録する
PCのスクリーン上では【0】になっており
彼が自分で炎を操作しているとは考え難い。
しかし、炎はまるで意志を持つかの如く
彼に仇成す者達を業火に飲み込んでいった。
「どう云う事だ?」
ロッソの特殊能力で炎を扱えるとは
一度も聞いた事が無い。
どちらかと言えば、炎を武器に出来るのは
本来のG-Cell保持者であるベルデだけ。
「…どうやら、この辺で手を打つしかない様だ。
此処迄手を尽くしたんだ。
後は志穂が人類を見限り
怒りの矛先を向ければ良いだけ。
彼女が人類滅亡の審判を下せば…
俺の長年の願いが叶う」
炎が少しずつ勢いを失っていく。
その中央に居た筈のロッソには
やはり炎のダメージは一切無かった。
「俺の人生も、漸く終わる。
無駄に生まれて来た、俺の一生も…。
皆、道連れだ。
この惑星の為に、いや……」
水間は何かを呟こうとしたが、何故か止めた。
「そうじゃない。俺は…」
彼は何かを思い出そうとしていた。
忘れてはいけない、大切な事だった筈。
誰かが遺してくれた、大切なメッセージ。
「俺は……」
一体自分は何を忘れてしまったのか。
思い出したいという気持ちと
思う出す事を恐れる気持ち。
相反する二つの気持ちに揺れ
水間は激しい焦燥感に駆られていた。
ベルデとシーニーがキラーノイズを追跡し
現場に到着した時、其処に水間の姿は無かった。
同様にロッソの姿も見当たらない。
只、無数の焦げた死体が彼方此方に転がっている。
「裁きの炎、か?」
延焼の状態を確認しながらシーニーが呟く。
「晋司……」
「キラーノイズは?」
「もう、発生していないみたい…」
「そうか…。
鷹矢、無事でいてくれよ……」
「甲斐さん……」
追跡はどうやら此処迄の様だ。
二人は悔しさを噛み締めながら
帰宅の途に就くしかなかった。