事件ファイル No.13-1

宣戦布告

夕暮れ時。
バルコニーのソファーに背中を預け
ロッソはボンヤリと煙草を吸っている。
あれから体の異常は何も感じない。
3年近くの義肢生活で慣れた感覚が
今の体の動かし方に違和感を覚える程度だ。
シーニーは『肉体の再構築』と言った。
しかし、実際に自分がどれだけ変化したのか
彼自身は自覚が無いだけに少し困惑している。

「もう煙草吸ってるんだ」

咎める訳ではないが、苦言を呈するその声に
ロッソは思わず苦笑を浮かべた。

「駄目?」
「別に駄目とは言わないけど…」
「確かめてみたかったんだよ。
 どれだけ体に変化が出てるのか」
「本当に? 単に吸いたかっただけじゃなくて?」
「…はいはい。認める、認める!
 単に吸いたかっただけ!」
「もう……」

甘える様に伸びて来た腕の中へ
ベルデは笑顔を浮かべて飛び込んだ。

「…志穂?」

胸に顔を埋めるベルデに対し、
何かを感じ取ったのか。
ロッソはそう声を掛けた。

「どうした?」
「晋司は…妙子さんの事、どう思ってる?」
「…はい? 何だ、藪から棒に?」
「その…抱きたい、とか……」
「……」

ロッソは無言で腕の中のベルデを見つめる。
彼女の言葉の真意が見出せない。
困惑が、彼の瞳の中に表われている。

「妙子さん、ね…。
 和司君を授かったあの時だけなんだって。
 その、男の人と『そうなった』のって…」
「…今でも、って事か?」
「うん」
「何で、そんな事を急に?」
「そうだよね。晋司も、困っちゃうよね。
 確かに…急なんだけどね……」
「…妙子が、何か言ってたのか?」
「……」

ロッソの声はとても静かだった。
彼は何処かで理解出来ているのだろう。
妙子が何を伝えようとしているのかを。

「…そうだな。俺も『あの一回』だけだ。
 お前以外の女を抱いたのは」
「付き合った事も?」
「無い。
 妙子とも、恋人として付き合った事は無い」
「そうだったんだね…」
「他に、好きな奴が出来たんだな」
「え? 何?」
「妙子に、だよ。
 共に生きていきたい男が居るんだろ」
「晋司……」
「その男に渡しちまう前に、
 もう一度だけ妙子を抱きてぇなぁ…。
 お前が許してくれるならさ」
「許すも何も、どちらかと言えば私が…」

そう言って、ベルデが顔を見上げる。
ロッソは笑っていた。
だが、その目元に夕陽を受けて輝く光が在った。

「…応援してあげたいの。
 これからの、妙子さんの生き方を」
「…そうだな。せめてもの餞を……」
「…優しいね、晋司」
「そんなんじゃねぇよ。
 次の男にマウント取りたいだけだっての!」

ロッソは少し乱暴にベルデを抱き締めると
そのままの勢いで彼女の唇を己の唇で塞いだ。
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