事件ファイル No.13-3

宣戦布告

ホールで、阿佐と妙子が嬉しそうに語らっている。
そんな様子を微笑ましく見ていたゲールは
不意にベルデへ声を掛けた。

「あれ? 鷹矢は?」
「…一寸、ね」
「?」
「そろそろ迎えに行ってくる」
「うん…。行ってらっしゃい…?」

心なしか、ベルデも元気が無い。
静かに二階へと消えていく彼女の背中を
ゲールは心配そうに見送っていた。

* * * * * *

ロッソはバルコニーから静かに青空を見上げていた。
海から吹き上げる潮風が彼の髪を優しく撫でる。
光を反射した彼の髪は、赤く輝いている。

「晋司」

ベルデの呼び掛けに、彼は何も答えない。
彼女も承知していたらしく
そのまま無言で近付くと、
そっと後ろから彼を優しく抱き締めた。

「ありがとう、晋司。
 妙子さんを送り出してくれて…」
「……」
「辛かったよね。寂しいよね…」
「……今更、気付いても遅いんだ」

彼は震える声でそう言った。

「最初に彼奴アイツを振ったのは俺なのに…。
 彼奴アイツが、俺以外の男を好きになる筈無いって…
 何処かで高を括ってた……。
 罰が当たったんだよ。
 あんな最高に良い女を…
 今迄散々苦しませ、悲しませてきた…。
 これは、その…ツケなんだ……」
「晋司…。それは間違ってる」

驚いた顔で振り返るロッソの目からは
涙が引っ切り無しに流れている。

「本当に妙子さんを愛していたから…
 貴方は、自分の人生の全てを賭けられたの。
 だからこそ、GvDから彼女を守り切れたのよ」
「志穂……」
「それが、鷹矢 晋司の愛の形。
 貴方は…私の事も、妙子さんの事も…
 本当に分け隔てなく、公平に、
 誠心誠意、真剣に愛してくれている……」
「……っ」

ロッソはそのままベルデに抱き付くと
まるで子供の様に大声で泣き出した。
寂しさに耐え切れず、
それでも我慢するしかなかった
子供時代を彷彿とさせる彼の姿。

ベルデは何も言わず、優しく彼を抱き締めると
幼子をあやす様に何度もその背中を撫でた。
泣いても良い。
彼女は態度で、ロッソにそう告げていた。

ロッソは、いや 鷹矢 晋司は
誰よりも【別れ】を恐れていた。
【孤独】に恐怖心を覚えてしまった子供は
誰かが自分から離れていく事を脅え
少しずつ、人との距離を取る様になっていた。
いつか来る別れに備えて
これ以上、自分が傷付かなくても済む様に。

「志穂ぉ……」

彼は泣きながら訴えていた。

「俺を…一人に、しないで……。
 もう…何処にも、行かないで……」
「何処にも行かない。
 貴方を置いて、何処にも行かないよ…。
 …行けないわよ。
 こんな寂しがり屋な貴方を
 置き去りになんて出来ないわ…」
「しほ…、志穂ぉ……っ」
「永遠に、貴方と一緒よ。晋司。
 もう二度と離さないし、離れないわ。
 私も、もう二度と…
 貴方を離したくないの……」
「志穂……」
「愛してる。貴方だけを、こんなにも強く……」

涙に塗れたその両頬を優しく包み込むと
ベルデは微笑みながら誓いのキスを送る。
そんな彼女の目元にも涙が光っていた
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