事件ファイル No.3-5

男児誘拐監禁事件

【Cielo blu in paradiso】に不穏な空気が流れる。
勇人の母親の代理人と名乗る女が
彼の引き取りに現れたのだ。
委任状持参と云う事も有り、
引き取りを断る事も出来ない。
勇人は震える体でベルデにしがみ付いており
彼女も勇人を強く抱き締めたまま離そうとしない。

「…解った」

ロッソは女に承諾の返事を出した。
ベルデ、ゲールは驚きのあまり声が出ない。

「此処から先は【保護】じゃなくなる。
 母親が訴えを起こしたら俺達は犯罪者だ」
「だけど!」
「母親自らが姿を現さないってのは俺も不服だがな」

ロッソはそう言って眼鏡の奥の目を女に向けた。
氷の様に冷たく鋭い瞳。
女は動じる事無く、人形の様に立ったままだ。

「勇人」

ロッソは膝をつき、勇人の目線に合わせると
優しい笑みを彼に送った。

「何か有れば、大声で叫べ。
 叫べなければ、心の中でも良い。
 俺達を呼べ」
「…お兄ちゃん?」
「必ず駆け付けてやるから」
「……うん」
「約束だ。お前は、母ちゃんに会ってこい」
「お兄ちゃん…」
「本当は、会いたいんだろ?」
「……」

勇人は申し訳無さそうにベルデを見上げた。
彼女の優しさに甘え、自分の気持ちを隠していた事を
ロッソには気付かれていたのだ。

「母親に会いに行くだけだ。
 其処迄警戒する事はねぇだろ」

ロッソはそう言って鼻でフッと笑った。
言った本人が、一番今の言葉を信じていない。

「またいつでも遊びに来い。
 今度は母ちゃんと一緒にな」
「お兄ちゃん…。お姉ちゃん……」

勇人は涙を流し、ロッソに抱き着く。
彼は優しく何度も勇人の背中を摩ってやった。

* * * * * *

店内の掃除をしながらも
ベルデ、ゲールはやはり不安なのか落ち着きが無い。
すると部屋の奥から
漆黒のライダースーツを着込んだロッソが姿を見せた。

「ロッソ?」
「ちと留守にする」
「はい?」

彼はバイクの鍵とヘルメットを掴むと
そのまま店を出て行こうとしていた。

「ちょっ! 店っ!!」
「ロッソ…。追跡するの?」
「あぁ。あの女、どうも臭ぇ。
 勇人もだが、彼奴アイツの母親も心配だ」
「…確かに。心の声がまるで聞こえてこなかった」
「(油の臭いがした。生身の人間じゃないかも)」
「ベルデ」
「何?」
「お前に【耳】を預けておく」

それが何を意味するのか。
彼女には解っているのだろう。
瞬時に険しい表情を浮かべ
黙ってロッソを見つめている。

「どう云う意味?」
「彼にこれから何が起こるのかを
 私に筒抜けにしてくれるって意味…よ」

店を去って行くロッソの後姿を見送りながら
ベルデは声を震わせてそう説明した。
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