事件ファイル No.4-1

的場一家 惨殺事件・前編

「…やだ、助けて……」

蚊の泣くような小さな声。
震える体。
しかし、手は真っ直ぐに此方へと伸びてくる。
その手は自分の細い首に纏わりつき
少しずつ呼吸が出来なくなっていく。

怖い。
怖い。

『助けて…』

誰に助けを求めたら良いのか、もう判らない。
父も、母も、姉も…
赤い血の海の中で冷たくなって倒れている。

『た、かや…さん……』

意識が遠退く。
もう直ぐ死ぬんだと感じる。

『も…一度だけ、貴方に……』

其処で、意識が途切れた。

* * * * * *

カッと目を開き、起き上がって周囲を見渡す。
見慣れた部屋。天井。
照明を落とした静かな空間。
そして…。

「大丈夫か?」

隣から優しい低音が聞こえてくる。
心地が良い、聞き慣れた男の声。

「……」
「ベルデ」

ゆっくりと上体を起こすと
ロッソはそのままベルデを抱き締めた。

「…御免ね。起こしちゃって」
「気にするな。目は覚めてた」
「でも……」
「怖い夢、見たんだな」

コクンッとベルデが静かに頷く。
裸体で抱かれているからか
ロッソの鼓動が聞こえてくる様だった。

「あの夢か」
「……」
「そうか……」

ロッソは抱き締める両腕の力を
少しだけ強くした。

「ロッソ……」
「何だ?」
「もう少しだけ、このままで…居て……」
「勿論だ」
「…ありがとう」

ロッソの胸に顔を埋め
ベルデは泣いている様だった。
小さな肩が震えている。

時折、彼女はこうなってしまう。
自身の最期の瞬間を
何度も夢で再現してしまう。
どれだけ記憶を振り払おうとも
深い心の傷となった今では
それも叶わない。

そして。

ロッソは憤りを必死に抑え込み
そっとベルデの首元にキスをした。
普段からチョーカーで隠している首元には
拒殺された時の痣が醜く残っていると言う。

「ロッソ…?」
「おまじない、だ」

彼はそう言って笑みを浮かべた。
いつも彼はそう言って笑う。
自身の深い心の傷跡は一切見せる事無く。
ベルデがいつでも甘えて来れる様に
彼はただ静かに受け止めるだけだ。

「…ありがと」

小さい声ではあったが、
ベルデは安堵したのだろう。
目元に涙は残っていたが
笑みを浮かべ、そっと彼を抱き締めた。

「忘れないでくれ、ベルデ。
 俺は何時だって、お前の側に居る。
 いつも、いつまでも…だ」
「ロッソ……」
「守り抜いてみせる。
 お前だけは、俺が必ず…」
「……うん」

空が薄らと白んでいる。
間も無く夜明けだ。
微かに入り込む朝陽が
抱き締め合う二人を
優しく照らし出していた。
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