事件ファイル No.4-6

的場一家 惨殺事件・前編

厨房で只一人煙草を吸いながら
ロッソはボーっと昔を思い出していた。

真っ白で無機質な部屋。
目覚めた時、其処には何も無かった。
ゆっくり体を起こして立ち上がろうとした時に
部屋に入って来たのがシーニーとゲールだった。
彼等は自分の事を【Rossoロッソ】と呼び
どうして完全死から復活出来たのかを
今から教えると告げた。

両腕と両脚の先に温度を感じ取れない。
それは義手義足になったからだと
シーニーは冷淡に答えた。
いずれは生えてくるのか、と冗談交じりに問うが
彼は何も返して来なかった。

「思えば、最初からシーニーとは
 何故かソリが合わねぇんだよな」

直情型の自分と、冷血なシーニー。
【水と油】の間柄かも知れない。

「そして案内された研究室の奥で…
 俺は一台の治療カプセルに目を奪われた」

今でも鮮明に覚えている。
淡い緑色の液体の中で眠っている少女。
それが自分を復活させてくれた源。
そして。

「俺が捜し求めていたのは……」

その先を思い出そうとして、
ふと彼は思考を閉じた。
誰かの気配を感じ取ったからだ。

「ロッソ?」
「ベルデか。どうした?」
「まだ寝ないの?」
「もう休むよ」
「そう……」

やはりベルデは まだ元気が無い。
ゲールは、彼女が自責の念に駆られ
ロッソの側に行きたくても
行けない状態であるとアドバイスしてくれた。
彼女は悪夢に魘され、飛び起きる度に
ロッソに迷惑を掛けてしまっていると
思い込んでいるらしい。

「…寝るか」

ロッソは煙草を灰皿に押し付けると
そのまま黙ってベルデに近付く。
そしていとも容易く彼女を抱き上げると
寝室へと歩を進めた。

「ロ、ロッソっ?!」
「偶には良いだろ」
「でも、私…」
「何?」
「……重いよ?」
「滅茶苦茶軽い」
「嘘?」
「本当だって」

そう言いながら、
ロッソは自然と笑みを浮かべていた。
先程迄の鬱蒼とした気分が嘘の様だ。

『あの時、治療カプセルで眠るお前を見て…
 俺は直ぐに正気を失っていた』

シーニーから聞かされた彼女の身の上に激昂し
周辺の装置を瞬時に破壊した。
彼女の生命維持に関わる装置か否かの判断も出来ず。
シーニーの指示を受けたゲールの当身で
ロッソの暴走は何とか収まった。
気絶させなければ破壊衝動が収まる事も無く
この先どうなっていたか判らない、と
シーニーは当時を振り返って何度も口にした。

『お前は彼女と『馴染み過ぎ』てる』

先程、シーニーから放たれた言葉。

『馴染み過ぎ』てる。

その言葉をロッソは好意的に捉えていた。
シーニーの真意とは真逆だろうが
彼にはどうでもいい事だった。

『俺の生涯は、彼女の為に在った。
 そしてこれからも、彼女の為だけに存在する』

まだ、ベルデに告げる事の出来ない本心。
それを告げる事が果たして可能なのか。
もしかすると、訪れないかも知れないその時を
思考を閉じたまま、ロッソは切なく感じている。

『志穂……』

声に出せないその名前を
ロッソは心の奥底で唱えるしかなかった。
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