バルコニーで夜空を見上げながら
ゲールも又、過去を思い返していた。
まだ自分達が【研究所】で生活していた頃。
目覚めたばかりの自分の事を
色々と世話してくれたのはシーニーだった。
ゲールより5年前に目を覚まし
それ以降は仲間が目覚めるのを待っていたと
彼は静かに語ってくれた。
【志穂】の事はその時に知った。
彼女が自分を蘇らせてくれた事。
そして、肝心の彼女は未だ
深い眠りの中に居るという事も。
「いつかは目覚めてくれると思うが」
治療カプセルの中で眠りに就く志穂を見つめながら
シーニーは悲しそうな表情を浮かべていた。
「目覚めた時、果たして何年経過してるか。
その辺りが懸念材料やな」
= どうして? =
「…彼女はな。亡くなった年で時間が止まっとる。
いつまでも15歳のまんま。
それがどう云う意味か判るか?」
= 成長してないって事? =
「そう。何年経っても若いまま。
それってつまりな
『同じ時代を生きて来た者』との間に
ズレが発生してるって事なんや」
= 同じ年なのに、見た目が全然違って来るとか? =
「そう云う事やな。
彼女は老ける事も無く若いままやけど
同級生はもう中年になっとるよ」
= じゃあ…お話しても通じなかったりする? =
「通じんやろうな。
彼女が眠ってる間にも時間は流れとる。
流行や話題もその都度替わってるんやさかい」
= …可哀想 =
ゲールはそう呟き、涙を流した。
時間に取り残されてしまった少女。
そんな孤独を、彼女は まだ知らない。
「同じ記憶を共有出来る存在、か」
シーニーは静かにそう呟いた。
= 記憶? =
「あぁ。志穂にはもう、家族が居らん。
彼女だけ生き残ってしもうたからな。
学友も、彼女が死んだと認識しとるやろう。
外の世界に出ても、
もう彼女の居場所は何処にも無い。
このまま眠り続けた方が…
志穂にとっては幸せなんかも知れんな」
= そんな事無いよ! =
「?」
= そんな事無い!
目覚めたら、きっと良い事沢山ある! =
ゲールは信じたかった。
志穂には、目の前の少女には
このままで終わって欲しくはなかった。
= 家族が居ないのなら
僕達が家族になれば良い。
これからを皆で楽しく暮らせれば良い =
「ゲール……」
= 僕達が彼女に喜びをプレゼントすれば良い =
「…そう云う考え方も有りやな」
そう言って笑ったシーニーの表情を
ゲールは今でも鮮明に覚えている。
= 僕 信じてる。
きっと皆、幸せになれるって =
少しずつ、事態は好転している。
ゲールはそれを信じて、今も戦い続けている。
何よりも自分だけは決して諦めない。
温和な彼の、秘めた覚悟が其処に在った。