事件ファイル No.4-8

的場一家 惨殺事件・前編

目覚めたばかりの時、
私は自分が何者かなのかすら判らなかった。
白い服の人達に案内された殺風景な部屋。
ベッドに腰掛けてボーっとしてるしかなかった。
【彼】が、その姿を見せる迄は…。

* * * * * *

いつものトレーニングから帰って来ると
ドア近くのベッドにチョコンと座る人影。
ゆっくり近付くと
其処には一人の少女が居た。
治療カプセル内で長い間眠っていたあの少女だ。

「……」

汗をタオルで拭う事も忘れ
ロッソは何も言わず、彼女を見つめている。

「あ、あの…済みません。
 此処で待ってるようにって言われて、それで…」

彼女の声を聞き、ハッとする。
姿だけじゃない。その声も。
自分が待ち望んでたそのもの。
嘗ての印象と唯一違うのは
長い黒髪が短く淡い栗色になっていた事位。

「御免なさい。
 貴方のお部屋だって知らなくて…。
 わ、私 直ぐに出て行きますから」

慌てて立ち上がろうとする少女を優しく制し
ロッソは笑顔を浮かべた。

「出て行かなくても良い」
「でも…御迷惑じゃありません?」
「此処は君の部屋でもある。
 迷惑な事なんか無いよ」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。男と相部屋ってのは
 我が事ながら拙いと思うんだが。
 此処の研究員、そう云う所を
 まるで考慮してないからな」

そう言いながらも笑みが零れる。
嬉しさが全身から溢れ出そうだ。
ずっと逢いたかった。
逢って、こうやって話がしたかった。

『あれから…20年も過ぎたんだな』

目の前の少女はあの頃と寸分もたがわず。
それに比べて自分はスッカリ老け込み
早くも中年の仲間入りだ。
勢いに任せて彼女を抱き締めたくても
果たして今の自分にその資格が有るのか、と
自問自答を繰り返してしまう。

「私……」

少女は震える声で話を続けた。

「私、分からないんです」
「ん? 何がだ?」
「自分の事。名前も、何もかも…」
「思い出せない…って事か? それとも…」
「多分、思い出せないんだと思います。
 何処かで引っ掛かってる様な感じがして」
「…そうか」
「私の事、何か御存知ではありませんか?
 その…何でも良いんで、
 もし何か知ってる事が有ったら…」

ロッソは暫し思案していた。
彼女について知っている事なら
それこそ山の様にあるし
幾らでも話す事は出来る。
しかし、その大半はシーニーから
硬く口止めされている。
シーニーだけではない。
此処の研究員からもだ。

『ったく、面倒臭ぇ……』

そうは言っても、逆らう気等無い。
彼女に危害を加えられても困る。
ロッソは再び微笑を浮かべると
ゆっくりと彼女に近付き、
可愛くて形の良い耳にそっと呟いた。

「【Verdeベルデ】」
「え? ベルデ?」
「君の名前だ」
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