事件ファイル No.5-1

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

店舗に出ると、ベルデの姿は其処そこに在らず。

「あれ、ロッソ。ベルデは?」
「知らん」
「ゲールも居るし。今日は一緒じゃないんだ」
「彼女だって偶には一人で散策もしたいだろうよ。
 男が一緒じゃ買いたい物も買えんだろうし」
「それって何? 下着とか?」
「阿佐…。デリカシー無ぇのか?
 解ってても言うんじゃねぇよ、そんな事」
「…ロッソってさ。
 誤解されがちだけど凄くフェミニストだよな」

Soloソロ Verdeベルデ è unaウナ donnaドンナ specialeスペチャーレ.
 (ベルデだけが特別な女なんだよ)」

「え? 何? 何語??」

随分流暢に外国語を喋れるんだな。感心した。
いや、それよりも何語なんだ?

「じゃ、俺は仕込みに入るとするか。
 ゲール、阿佐の相手は頼んだぜ」
「(任せて!)」
「相手って…! 俺、子供じゃないぞ!!」

隣でクスクスと笑うゲールに対して
悪態を吐く訳にもいかず。
渋々俺は彼と共にホールの掃除を始めた。

* * * * * *

「これと、これ。後は…うん。全部買えた!」

買い物メモを黙読で確認しながら
ベルデは満足そうにエコバッグの中身を覗いた。

「なかなかゲールや阿佐と一緒だと買い辛いのよね。
 女の子の身の回り品って」

新色のリップのパッケージを見ながら
ベルデは今朝のロッソとの会話を思い出した。

* * * * * *

「欲しいのか?」

TVに流れるCMをぼんやりと眺めていたら
彼は何かに気付いたかの様に声を掛けた。

「淡いピンク色か。似合うかもな」
「え? 買っても良いの?」
「偶には化粧もしたいだろ?
 しなくても、充分綺麗だけどさ」
「う~ん…。ロッソに見て欲しいなぁ~って」
「俺は見せて欲しいな」

ロッソは基本的に、女の化粧等 興味の無い男だが
ベルデの事になると話は別らしい。

「気に入った色、2~3本見てこいよ」
「良いの?」
「良いよ。付けた所、見たいから」

* * * * * *

快く送り出してくれたロッソには感謝しかない。
彼は何時だって、等身大のベルデを守ってくれている。

「えへへ……」

ニコニコしながら店を出ると
不穏な空気を感じ取った。
耳を其方に傾けると
男女が言い争いをしているのが判る。

『何だろ? 嫌な感じ…』

次の瞬間、男は女性の隣に居た子供を
道路に向かって突き飛ばした。
女性の悲鳴が響き渡る。

しかしそれよりも先にベルデが反応した。
彼女は自身の俊敏性を生かして
車に轢かれる直前の子供を抱き起こすと
素早く車道から歩道へと移動した。

和司かずしっ!!」

女性は慌てて二人の所へと駆け寄った。

「和司? 大丈夫っ?!」
「お母さん? 大丈夫ですよ。ね!」

和司と呼ばれた男の子は
母親とベルデの顔を交互に見ながら
御機嫌に笑っていた。

「はい、和司君。
 お母さんの所に帰ろうね」
「ありがとう御座います。本当に……」

そう言ってベルデと顔を合わせた女性は
突然口に手を当てて驚きの表情を浮かべた。
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