事件ファイル No.5-2

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

「ま…とば、さん?」

女性は震える声でそう言った。
それ迄笑顔だったベルデの表情が瞬時に強張る。

「無事だったの? それより、その姿は…?
 あれからもう23年も経ってるのに…」
「えっと…あの……?」
「私の事、覚えて…無いわよね。
 貴女とは一度も話す機会が無かった訳だし」

女性は和司を愛し気に抱き締めながら
深呼吸をすると、こう告げた。

「じゃあ……【鷹矢 晋司】の事は、覚えてない?
 私は彼の幼馴染で【濱嶋はまじま 妙子たえこ】と言います」
「濱嶋、妙子…さん……」

薄らとだが、覚えている。
いつも鷹矢の隣に居た、あの女生徒だ。
確か、彼も【妙子】と呼んでいた。
いつも仲良さげで登下校を共にし、
二人はてっきり付き合っていると思っていた位だ。
だから、告げられずにいた。
失恋すると、解っていたから。
その恐怖に耐え切れず、想いを彼に伝えられないまま
自身は生涯を閉じる事となった。

だが、事実を口にする事は許されない。
NUMBERINGである以上、自ら過去を晒す事は禁忌。
シーニーからも強く言い渡されており
男性陣は全員、その誓いを固く守っている。

『NUMBERINGの掟……』

「あの…?」
「済みません。きっと人違いです。
 御免なさい。  私…ベルデって言います」
「ベルデ…さん?」
「はい。この先のイタリアンレストランで働いてるんです」
「イタリアン……」

妙子は随分と含みの有る言い方をした。
ベルデは首を傾げ、妙子を見た。

「鷹矢は亡くなる前迄
 イタリアンシェフを勤めていたから」
「そうだったんですか…」

ベルデはそう言いながら
妙子の服から見える醜い痣に気付いていた。

『DV痕だ、これ。
 どうしよう?
 この親子をこのままには出来ないし…』

暫く悩んでいたが、
こんな所でいつまでも立っている訳にも行かない。
あの男が戻って来ないとも限らない。

「妙子さん、和司君と一緒に家に来ます?
 少しゆっくりしていきません?」
「え? で、でも……」
「私、買い物帰りなんで。
 家族が帰りを待ってると思うんです。
 折角だし、一緒にどうかな?と思って」

それが【助け船】である事が
妙子にも解った様だ。
和司を抱き締める手に少しだけ力が入る。

「お邪魔しても、良いかしら?」
「どうぞどうぞ! 皆、喜ぶと思います!」

ベルデはニコニコと微笑むと
そっと右手を妙子に差し出した。
そんな彼女をどこか懐かしそうに、
そして眩しそうに妙子は見つめている。

「妙子さん?」
「行きましょうか」

妙子はフッと笑みを返すと
ベルデの差し出した手を優しく握った。
二人の女性に囲まれた和司も
嬉しそうに笑い声をあげている。

「和司君、怪我が無くて良かったね」
「うん!」

ベルデの言葉に彼は元気良く答えた。
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