事件ファイル No.5-10

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

「? あれ、あの女…」

男はベルデに気が付いたのか
視線を阿佐から其方に向けた。

「…何?」
「親父が言ってた女か、お前。
 確か大昔に死んでるんだよな?」
「…人違いじゃない?
 私はアンタの事知らないし、
 アンタの父親の事なんてもっと知らない」
「そういや、そうか。
 お前が【的場 志穂】って女なら
 面白い話が有るんだがな」
「…どう云う意味?」
「妙子。お前も知ってるよな?
 余計な事に首突っ込んでおっ死んだ
 間抜けな男鷹矢 晋司の事を」
「…晋の事、莫迦にしないで!」
「大間抜けだろう。
 勝てもしねぇのに殺人犯追い掛けて
 逆に集団暴行リンチで殺されるなんてよ!」

穏やかなゲールの表情が一瞬で変わった。
無言で男に詰め寄り、胸倉を掴んで引き上げる。
滅多に見せない殺意が溢れ出ていた。

= 黙れ! =

彼の口元は確かにそう動いていた。
マスク越しでも読み取れる。
ゲールの放つ殺気は
阿佐でさえも圧されそうだった。
ゲールは容赦無く首元を押さえ付けている様で
流石の男も、呼吸が出来ず口をパクパクと動かしていた。

「ゲ、ゲール!
 もうその辺で良いから!!」
「……」

ゲールは阿佐の制止に従う事にした。
それでも男の体を道路に叩き付けるという
彼らしくない乱暴ぶりだ。

「兎に角、妙子さんの手当てをしないと!
 和司君は怪我無いか? 大丈夫?」
「……お兄ちゃん」

安堵したのか、和司はその場で泣き出した。
余程怖かったのだろう。
ベルデは複雑な胸中のまま
そっと彼を抱き締める。

『私の所為なの…?
 鷹矢さんが亡くなった原因って……』

それを確かめるのが怖かった。
ベルデの体が小刻みに震えている。

「(早く帰ろう)」

ゲールに促され、三人は帰路に就いた。

* * * * * *

「妙子っ?!」

ゲールに抱きかかえられた妙子の姿を見て
ロッソは血相を変えて厨房から駆け出して来た。

「ロッソ?」
「兎に角手当てしないと!
 早く店の中へ!
 ベルデ、救急箱を取って来てくれ!」
「……」
「…ベルデ?」
「あ…はい。救急箱ね。解った。
 ゲール、和司君をお願い」
「(解った)」

とはいえ、ベルデの足元が覚束無おぼつかない。
流石に心配になったのか。
ロッソは背後から彼女を抱きかかえると
近くの椅子へと座らせた。

「阿佐。悪いがお前に頼むわ」
「救急箱だな。了解」
「あ、それ私が…」
「無理するな。顔色が悪い。
 お前が倒れそうじゃねぇか」
「……」

阿佐から救急箱を受け取り
ロッソは甲斐甲斐しく妙子の手当てをしている。
その背中を無言で見つめながら
ベルデはいつの間にか、涙を流していた。

『もし、もしもロッソが鷹矢さんだったら…
 私は妙子さんから鷹矢さんを奪った事になる…。
 私の所為で死なせて、その上……』

「ベルデっ?!」

ベルデは【Cielo blu in paradiso】を飛び出していた。
余りに咄嗟の事で
誰もその後を直ぐに追い掛けられなかった。
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