事件ファイル No.5-12

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

「愚問やとは思うんやけど、答えてもらえる?」
「はい…」
「最初から薄々は気付いてたと思うんやけど…
 間違い無いって確信したのは、何処で?」
「彼の…右のこめかみにある【傷痕】です」
「傷痕…。へぇ……」
「幼い頃、高所から落ちた私を抱き止めてくれた際
 壁にぶつかって出来た傷なんです。
 私にとっては忘れられない【思い出】……」
「成程なぁ…。流石に傷痕迄は他人じゃ気付かん。
 コピーしようにも、
 気付かんモン迄はフォロー出来んし。
 況してや…特別な思い出込みやったらなぁ~」

シーニーはそう言って妙子に優しく微笑んだ。
妙子も笑みを返し、頷いている。

「晋がこうして蘇ったって事は…
 やはりベルデちゃんは、
 的場 志穂さん…なんですね」

シーニーはロッソと顔を見合わせた。

「解りますよ、そりゃ。
 晋が本当に大好きな女性なんだから…。
 もしも再会出来たら、その時は必ず
 彼が志穂さんを守るって解ってましたから」
「妙子……」
「良かったね、晋。
 諦めなくて、本当に良かった…」

妙子は泣いていた。
鷹矢の無念を知るからこそ
蘇った先に在った彼の【幸せ】を
誰よりも理解出来ていた。

「済まなかった、妙子。
 騙したりして……」
「もう良いよ、晋。
 こうして生きていてくれるだけで
 私は幸せだから……」

妙子はそっとロッソを抱き締めた。
彼の左の胸元に耳を当てるが
本来感じ取る筈の【音】が
其処から響いて来ない事に首を傾げる。

「心臓、無ぇからな。俺」
「えっ?」
「そのまま再生した訳じゃない。
 臓器は大半が消え去ってる。
 俺の場合、腕も脚も人工物作りモンだ」

ロッソはそう言って、彼女を抱き締めたまま
左手の義手を取り外して見せた。

「?!」
「出来れば、お前には知られたくなかった。
 今の俺が【鷹矢 晋司】だと
 胸を張って言える自信が無い」
「……」
「まるで【テセウスの船】だな」

義手を填め直し、ロッソは自嘲した。

「晋……」
「それで良ぇやんけ」

シーニーは煙草を取り出すと
慣れた手付きで火を点けた。

「シーニー?」
「その【テセウスの船】見て喜ぶ奴も居る。
 現にお前がそうやろ?
 ベルデを見て、安心しとるやないか」
「それは……」
「今の話からすりゃ
 ベルデは志穂であって、志穂とちゃう。
 それでもお前の中で
 この二人は同一人物として認識されとる。
 違うか? そうやろ?」
「…そうだな」
「【ガワ】なんてどうでもえぇねん。
 大切なのは【記憶】や」
「記憶……」
「お前が【鷹矢 晋司】である記憶。
 これが一番大切なんとちゃうか?」
「…そうかも、知れん」
「やろ?」
「まさかお前に励まされるとはな…」

ロッソはそう言って苦笑を漏らす。
その笑みの中に自嘲の色は混ざっていなかった。
Home INDEX ←Back Next→