事件ファイル No.5-14

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

雪が降り積もる。
改築工事を終えたばかりの高級マンション。
或る部屋に灯る明かりを
ベルデは黙って見つめていた。
何時間此処に一人で立っていたのか。
彼女の肩にも雪が積もっている。

「あの日…。あの晩……。
 次の日の事を考えて、幸せだった…。
 皆笑ってて、この幸せがずっと続くって信じてて……」

全てはあの一件から始まっている。
鷹矢が殺害された忌まわしき事件も、
元はと言えば自分達家族の殺害された事件が発端である。

「私の所為なんだ…。
 鷹矢さんがあんな目に遭ったのは……」

又 涙が溢れ出て来た。
散々泣いた筈なのに、まだ止まらない涙。
どうすれば良いのかすら判らなくなり
気が付いたらこの場所に立っていた。

「鷹矢さん……」

許しを請う様にその名を呼んだ。

「?」

不意に何かが自分に覆い被さる。
温かな素材を感じる。
慌てて後ろを振り返ると
其処にはロッソが笑顔で立っていた。

「…どうして?」
「答えは簡単さ。
 お前が【的場 志穂】で在り
 俺が【鷹矢 晋司】で在る証拠だ」
「…ロッソ。やっぱり貴方が……」
「……御免。
 本当の事、言えなかった。
 こうなると判っていたから…」
「私…。私の所為で……」
「志穂」

ロッソは躊躇う事無くそう呼んだ。

「俺は、俺の死を誰かの所為にするつもりは無い」
「でも……」
「お前の所為にして、気が晴れるとでも?
 ……逆だよ。
 そっちの方が、俺は苦しいんだ」
「…ロッソ」
「【晋司】って、呼んでくれるか?」
「え…っ?」
「そう呼ばれたかった。
 惚れた女には、ずっと…な」
「……晋司、さん?」
「晋司、で良いよ」
「でも……」
「志穂は、どう呼びたい?」

ロッソの表情はいつもの大人の男の顔ではなく
ベルデの記憶に残る少年の顔だった。
彼は今、間違いなく【鷹矢 晋司】なのだ。

「私……」
「呼びたい様に、呼んでくれれば良い」
「でも……」

脳裏に妙子の顔が浮かんだ。
喉迄出掛かった言葉を飲み込もうとすると。

「妙子は幼馴染で、親友だ。
 お前とは違う」
「……」
「俺が愛している女は的場 志穂、只一人だ。
 これ迄も。そして、これからも…な」
「……晋、司」

ロッソは満足気に微笑み、優しくベルデを抱き締めた。

「確か、この時間だった。
 あのマンションの403号室」
「…知ってるの? 私が死んだ時間と場所」
「あぁ。懸命に調べて、聞き出して。
 だから…毎年俺はこの日、この時間に此処に居た」
「……」
「あの日も、雪が降っていた」

ロッソはそう言うと、抱き締める手に力を込めた。
ベルデも又、抱き返す腕に力を込めた。
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