「ただいま~!」
店舗に響くベルデの明るい声。
ロッソは厨房からいつも通りに声を返す。
「あぁ、お帰……」
「?!」
ロッソの手から陶器のカップが床に落ち、砕けた。
彼はそのまま呆然とした状態で立ち竦んでいる。
「晋? 貴方、晋だよねっ?!」
「妙子さん?」
妙子は思わず厨房に駆け寄った。
そのまま立ち竦んだロッソを見つめる。
「やっぱり…晋。晋司…。
でも、どうして…?
あの時、確かに私は
貴方の死を見届けた筈なのに…」
「…誰かと、勘違いしてない?」
暫しの時間で気持ちを引き締め直したのか。
不愛想な表情を浮かべたロッソは
素っ気無くそう返した。
「ロッソ…」
「ベルデ。街で会った人?」
「う…うん。色々と事情があってね…」
「……そうか」
「晋…」
「俺の名前は【ロッソ】だ」
ロッソが気分を害しているのは
その表情から簡単に察する事が出来た。
場の空気が重くなる。
その時。
「何揉めてんの?」
奥から姿を現したのはシーニーだった。
ゲールの精神感応を聞き付けたのだ。
「お客さん?」
厨房に立つ妙子を目敏く見付けると
彼は笑顔を浮かべて会釈をした。
「【弟】が何か失礼を?」
「え…っ?」
「此奴、俺の弟なんですわ。
顔 全然似てへんけど」
「そ、そうなんですか…。
済みません。
あまりにも私の知り合いに似ていたもので…」
「そうだったんですね。
此方こそ事情も知らずに勝手な事言いまして
えらい済みませんでした」
シーニーはそう言うと
少し強引にロッソの頭を押さえ付けた。
「ほらロッソ。ちゃんと詫びとき」
「…済みませんでした」
「いえ…私の方こそ……」
勿論、妙子が納得した訳では無い事位
理解出来ないシーニーではない。
その直前のベルデと妙子の会話を
偶然キャッチした彼は一芝居打つ事で
取り敢えず矛先を変えようとしたのだ。
「折角来られたんやし、
少しゆっくりしてもろうたら?」
「…それもそうだな」
「じゃあ、妙子さんはこっちに座って!」
「え…えぇ……」
ぎこちないが、場の空気が動き出した。
ゲールは一人、ホッと安堵した。
『良かった……』
= おおきに、ゲール =
= ありがとうね、ゲール =
= 助かった。ゲール、ありがとう =
仲間から一斉に送られる精神感応。
思わずゲールに笑みが零れる。
「どうしたの?」
事情が解らない阿佐に声を掛けられ
彼は笑顔のまま手話で「(何でも無い)」と答えた。