事件ファイル No.5-3

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

「ただいま~!」

店舗に響くベルデの明るい声。
ロッソは厨房からいつも通りに声を返す。

「あぁ、お帰……」
「?!」

ロッソの手から陶器のカップが床に落ち、砕けた。
彼はそのまま呆然とした状態で立ち竦んでいる。

「晋? 貴方、晋だよねっ?!」
「妙子さん?」

妙子は思わず厨房に駆け寄った。
そのまま立ち竦んだロッソを見つめる。

「やっぱり…晋。晋司…。
 でも、どうして…?
 あの時、確かに私は
 貴方の死を見届けた筈なのに…」
「…誰かと、勘違いしてない?」

暫しの時間で気持ちを引き締め直したのか。
不愛想な表情を浮かべたロッソは
素っ気無くそう返した。

「ロッソ…」
「ベルデ。街で会った人?」
「う…うん。色々と事情があってね…」
「……そうか」
「晋…」
「俺の名前は【ロッソ】だ」

ロッソが気分を害しているのは
その表情から簡単に察する事が出来た。
場の空気が重くなる。
その時。

「何揉めてんの?」

奥から姿を現したのはシーニーだった。
ゲールの精神感応テレパシーを聞き付けたのだ。

「お客さん?」

厨房に立つ妙子を目敏く見付けると
彼は笑顔を浮かべて会釈をした。

「【弟】が何か失礼を?」
「え…っ?」
此奴コイツ、俺の弟なんですわ。
 顔 全然似てへんけど」
「そ、そうなんですか…。
 済みません。
 あまりにも私の知り合いに似ていたもので…」
「そうだったんですね。
 此方こそ事情も知らずに勝手な事言いまして
 えらい済みませんでした」

シーニーはそう言うと
少し強引にロッソの頭を押さえ付けた。

「ほらロッソ。ちゃんと詫びとき」
「…済みませんでした」
「いえ…私の方こそ……」

勿論、妙子が納得した訳では無い事位
理解出来ないシーニーではない。
その直前のベルデと妙子の会話を
偶然キャッチした彼は一芝居打つ事で
取り敢えず矛先を変えようとしたのだ。

「折角来られたんやし、
 少しゆっくりしてもろうたら?」
「…それもそうだな」
「じゃあ、妙子さんはこっちに座って!」
「え…えぇ……」

ぎこちないが、場の空気が動き出した。
ゲールは一人、ホッと安堵した。

『良かった……』

= おおきに、ゲール =
= ありがとうね、ゲール =
= 助かった。ゲール、ありがとう =

仲間から一斉に送られる精神感応テレパシー
思わずゲールに笑みが零れる。

「どうしたの?」

事情が解らない阿佐に声を掛けられ
彼は笑顔のまま手話で「(何でも無い)」と答えた。
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