事件ファイル No.5-8

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・前編

妙子さんは今でも、鷹矢さんの事を大切に想ってる。
私よりももっと、ずっと古くから彼を知っていて
どんな形であれ彼の子供を身籠って、出産して
今だって精一杯育ててる。

彼女には敵わない。
私は告白すら出来なかったもの。

鷹矢さんは、もう亡くなってるって話だった。
35歳か…。
そう言えば、ロッソも確か35歳で死んだって……。

不思議だな。
鷹矢さんとロッソ。
共通点が多い様な気がする。
私が知る鷹矢さんの印象と
ロッソは随分と違う人の様に思うけど。

妙子さんは…
鷹矢さんの最期を看取ったって、言ってたよね。
私には出来るんだろうか?
最愛の人の最期を、見届けられる?

* * * * * *

「最近、ベルデよく出掛けてるね?」

食器を片付けながら阿佐が声を掛ける。
ロッソは何も答えない。
黙々と何かを煮込んでいる様だ。

「忙しいのかな?」
「友達が出来たからな」
「へぇ~。男?」

ヒュン

阿佐の耳を何かがかすめた。
壁のダーツ板に突き刺さっているのは出刃包丁だ。

「…冗談に決まってるだろ? 全く……」
「(ロッソにそれは駄目)」
「ゲール、最初に言ってよ…。
 これじゃ生命が幾ら有っても足りないや」

ロッソは嬉しくなさそうだった。
いつもベルデの喜ぶ姿が好きだと言い
それを優しく見守っているロッソが、である。

「お前も随分と忙しそうだな、阿佐」
「そうでもないけどね」
「水間の【お使い】は順調か?」
「…その事なんだけど」

阿佐は何か思う所が有るらしく
眉間に皺を寄せて小さな声で語った。

「俺、最近 水間さんの考えが判らなくって」
「ほぅ…」
「水間さんは何の為にNUMBERINGを調べてるのか。
 俺に何を見せようとしてるのか。
 それが解らなくなってきてさ」
「ノーヒントでNUMBERINGの現場にブチ込まれりゃ
 そろそろ疑問も生じてくるわな」
「水間さんは『ミイラ取りがミイラになるな』って言ってた」
「よく言うぜ」
「(一理有るけど)」
「俺、此処が居心地良いんだろうな」

阿佐はそう言うと、眩しそうに店内を見渡した。

「皆にはさ、幸せになって欲しいんだ」
「阿佐……」
「もう苦しんで欲しくないと思ってる。
 そう簡単にいかない事位
 解ってる筈なんだけどね」
「……」
「(諦めちゃ駄目)」

ゲールは手話でそう言うと、二人に笑い掛けた。

「(僕達は幸せになる為に戦ってる)」
「ゲール……」
「そうだよね、ゲール。俺もそう思ってる」
「阿佐……」
「だから、水間さんには報告を続けるけど…
 以前の様には何でも話して無いから。
 少しは安心してくれて良いよ」

本来スパイである筈の阿佐の心変わりには
思わず笑いが込み上げてくる。
だが、ロッソとゲールは柔らかい笑みを浮かべ
静かに彼に頷いてみせた。
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