事件ファイル No.6-3

鷹矢 晋司 暴行殺人事件・後編

「この近くなの。妙子さんのお家」
「へぇ…。いきなり行っても大丈夫なのか?」
「平気! 何時いつでも来てって言われてるから」
「それじゃ…少しお邪魔するかな?」
「きっと喜ぶよ、和司君」
「和司が?」
「うん!
 …やっぱり分かるのかな?」
「何が?」
「…ロッソが、お父さんだって……」

その時、ベルデが哀しげな表情をしたのを
ロッソは見逃さなかった。

「…済まん」
「えっ?」
「俺がお前を孕ませる事出来てたら…
 そんな顔、させなくても済むのにな」
「ロッソ……」

気にしていてくれていたのだ。
どれだけ愛し合ったとしても、
彼等にはその先が無い事を。
ベルデが彼を想い、彼の子を宿したいと願っても
生殖機能を備えていない彼等には叶わない夢。
永遠の生命いのち、老いない体をもってしても
全ての願いが叶う訳ではない。

「私には…貴方が居てくれるから。
 永遠に、私の側に……」
「ベルデ……」
「私には貴方が居てくれる。
 晋司、貴方が…」
「…ずっと傍に居るよ、志穂。
 もう二度と離れないし、離さない」
「私も、二度と貴方を離さない」

そう言って、互いに微笑み合う。
この一瞬だけは、あの日に戻った様な錯覚を起こす。
12月22日。早朝、登校時のあの瞬間。
その週の日曜日である25日に又会う約束をして別れた。
あの日のときめきが、今でも心を熱くする。

「不思議ね」

ベルデがそう言って笑う。
ロッソも又、微笑みを浮かべて頷いた。

* * * * * *

妙子の暮らすアパートの側迄来ると
誰かが此方に駆けてくるのが判った。

「和司君っ?!」
「ベルデ、和司を頼むっ!!」
「解ったっ!!」

ベルデは全身で和司を抱き止める。
二人を追い越す様にロッソは真っ直ぐに
妙子の部屋へと向かった。
室内では揉み合いになっている男女の姿。
男の右手には包丁が握られていた。

「妙子っ!!」

すんでのところで男の手首を掴むと
ロッソはそのまま華麗な投げ技を放った。

「晋っ?」
「無事か?」
「え…えぇ。和司は?」
「大丈夫だ。ベルデが側に居る」
「…そう、彼女が……。
 良かった……」
「ってぇ……」
「……お前はっ」

途端にロッソの顔が険しくなる。
一瞬の隙を突き、男が立ち上がると
ロッソは自身を盾にして妙子を護りに入った。

「やっぱり蘇ったんだな、クソがっ」
「渡邊…。貴様っ……」
「おっと! 此処で俺を殺したら
 流石のお前も処分対象だぜ?
 確か私怨による殺しは御法度だったよな。
 NUMBERINGさんよぅ?」
「…どうしてテメェがそんな事を……」
「お前さぁ、俺を誰だと思ってんの?
 この国の経済を支える重鎮様だよ?
 頭が高いんだよっ!!」

渡邊の投げた包丁の切っ先がロッソの左頬に当たる。
斬れた部分から鮮やかな赤い血が流れ落ちると
渡邊は満足そうに笑ってみせた。

「晋っ?!」
「…大丈夫だ。大した事無い」
「でも……」

忌々し気に二人を睨み付けていた渡邊が
吐き捨てる様にこう言った。

「まぁ、良いや。もう一度殺してやるよ、鷹矢。
 今度は二度と復活出来ねぇように
 徹底的に潰してやるからな」
「……」
「お前には俺を殺せねぇよ」

高笑いしながら渡邊はその場を後にした。
妙子は心配そうにロッソを見つめるが
不思議な事に、彼は無念そうではなかった。
だが静かな彼の表情は却って何かを彷彿とさせた。
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