事件ファイル No.8-1

女子大生飛び降り事件・後編

花菜子の自宅からかなり離れた古い雑居ビル。
その屋上から彼女は身を投げたとされている。
しかし、ロッソが確認したところ
屋上の手摺りには彼女の指紋が付着していなかった。
彼女の身長で胸の高さまである柵を
手摺りを使う事無く乗り越えて
飛び降りたという仮説になるのだが。

「有り得ねぇな」

現場を調べる鑑識員を冷ややかに一瞥し、
ロッソはこう言い放った。

『落下したとされる場所も…
 彼女のモノと思われる血痕の他に
 別の体液の痕跡も残っていた』

ロッソの頭の中で
この事件のカラクリが解かれていく。
ベルデは耳を澄ませ、
残っている音を聞き取ろうとしていたが
やがてガッカリとした表情で首を横に振った。

「…やっぱり、残ってないわ」
「つまり、『此処じゃない』って事か」
「うん……」
「現場を荒らす奴が居ると聞いて来たが
 やはりお前達だったのか」
「水間……」

現場の刑事からSOSでも飛んだのか。
水間は静かに現場に入ってくると
半笑いを浮かべてロッソを見つめる。

「…何だよ?」
「お前達もこの事件を追ってるのか?」
「被害者が知り合いなもんでね」
「ほぅ、そうか。
 仮にお前達が犯人を見付けたとしても
 残念だが、その先には踏み込めんな」
「…どう云う意味なの?」
「【私怨】、だよ」

ニヤリと水間が笑ってみせる。
ロッソは鋭い視線を彼に向けたまま。

「お前達は私怨で動く事が許されぬ身。
 それは百も承知だろう?」
「……」
「犯人を見付けたら、
 大人しく我々警察に情報を寄越す事だ」
「お前達に犯人を裁けるのか?」
「…何だと?」
「犯人が分かった所で、逃がすか匿うか…」

ロッソは挑発的にそう言うと
視線を更に鋭くさせ、水間を睨み付けた。

「俺は警察ってのを信用していないんでね」
「……」
「今迄散々苦しめられてきたんだ。
 当たり前だろ?
 お前達警察は信用する域に達してない」
「では、お前達だけで何とかするとでも?
 この世界の秩序を守るのは
 我々、警察機構だ」

睨み合うロッソと水間だったが
互いに何者かの気配を感じ取ったのか
同時に其方の方向に目を向けた。

「その辺にしとき、ロッソ」
「水間さん、止めてください」
「シーニー。阿佐…」
「阿佐。部外者を現場に連れ込むんじゃない」
「し、しかし…」
「命令だ」
「……はい」

阿佐は申し訳無さそうにシーニーを見つめるが
彼は笑みを浮かべ、無言で頷いた。

「帰るで、二人共」
「シーニー。でも、私達…」
「此処には『何もあらへん』やろ?」
「…確かにな」
「だからもう、居る必要あらへん。
 刑事さんのお仕事の邪魔したらアカンし
 俺等は はよ帰ろ」
「…そうだな。帰るか」
「うん。阿佐、御免だけど先に帰っておくね」

シーニーに促され、ロッソとベルデは素直に従った。
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