事件ファイル No.8-6

女子大生飛び降り事件・後編

天澤家に集まる人々は
突然の花菜子の死に動揺を隠せないでいた。
参列者の中に紛れながら
ロッソは冷静に周囲を見渡している。

= 居たぞ =

彼は精神感応テレパシー
木下と槙田が来ている事を知らせて来た。
シーニーが言う様に何食わぬ顔で参加している。
奥歯を噛み締めながらロッソは怒りを抑えていた。

= そっちはどうだ? =

天澤家の手伝いに入っているベルデと妙子は
両親の動向に注目していた。
今のところは参列者の応対に追われ
まだ落ち着いた感じに見えるのだが。
その心はやはり、大きく荒れている。
特に、母親の方が。

= ロッソ。ゲールと阿佐は? =
= 俺とは別の地点に居る筈だ。
 怨掲示板での書き込みを警戒して
 輩が入り込まない様に見張ってろって =
= シーニーの指示? =
= あぁ。そうだ =
= シーニーは? =
= あれ? そういや、彼奴アイツ 何処どこに居るんだ?
 確か一緒に此処には来てたよな? =
= えぇ。ちゃんと喪服を着て…… =

気が付くとシーニーの姿が見当たらない。
気配すら、感じ取れない。

「妙子さん。シーニー、見なかった?」
「あら? そう言えば…」
何処どこ行ったんだろ?」
「う~ん……」

捜しに行きたくても、
今はその時間の確保さえ難しい。
そんな時、花菜子の棺が安置された部屋で
若い女性の悲鳴が響き渡った。

「?!」
「済みません! 一寸ちょっと席外します!
 妙子さんっ!!」
「え、えぇ! 御免なさい!
 後で直ぐに手伝いに戻りますから!」

二人は急いでその部屋へと駆け出した。

* * * * * *

母親は隠し持っていた包丁で
自身の胸を突こうとしていた。
突然奪われた娘の遺体を見守る内に
生きる事に対して絶望したのだ。
せめて娘の許へ。
そう思ったのだろう。

「……貴方」

それを間一髪で止めたのが
突然その場に現れたシーニーだった。
自身の利き手である左手で包丁を握り締め
彼女の自死を防いだのだ。
彼は【未来予知】で天澤一家の悲劇を何度も見ていた。
だからこそ、何が何でも止めたかった。
今度こそ、自分の手で。

「お願い、止めないで…。
 娘の所へ逝かせて……」
「申し訳有りませんが、それは出来ません」
「幸秀さん……」
「花菜子ちゃんとの約束なんです」

シーニーはキッパリと言い切った。
優しい微笑みを浮かべながら。

「花菜子が…?」
「はい。色々と話してくれました。
 お父さんの事、お母さんの事。
 どれだけ大好きか、感謝してるか。
 色んな事、彼女から教わりました」
「花菜子が……」
「そうです。
 花菜子ちゃんは御両親の後追いを望んでいない」
「君に、判るのかね…?
 今の花菜子の気持ちが…?」
「解ります。
 彼女は、愛する人の死を望む様な
 身勝手な女性やないです」
「……」

シーニーは包丁を握り締めたまま
ゆっくりと立ち上がった。
その表情は鋭く、
今迄二人に見せていた温和な彼とは別人の様だった。
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