事件ファイル No.9-6

的場一家 惨殺事件・中編

「ねぇ、ゲール。
 どうしておはなしできるのいわないの?」
「それはね…」

ゲールはまだ幼い和司にも理解出来る様に
言葉を選びながら会話をしていた。

ゆっくりと思い出す、嘗ての自分。
赤の他人は直ぐに発した言葉を誤解し
それに悪意を乗せて他人に風潮する。
そんな言葉の遣り取りに嫌気が差し
家族以外とは真面まともな会話をしなくなっていた。

やがて手話を覚え、
自分の口で言葉を伝える作業から遠ざかっていくと
思った以上に心が軽くなっていった。
勿論 手話が誰にでも通用する訳じゃない。
筆談で場を乗り越える事も多々あったが
それでも口を使って会話するよりは
彼にとって明らかに快適な作業だった。

いつからか『言葉が怖くなっていた』。

ロッソの様に自分に正直にも
シーニーの様にそれを武器にする事も出来ない。
同じ状況に追いやられた仲間でさえも
彼はなかなか心を開けずにいたのだ。

『それで良いじゃない』

【言葉】に脅える自分の姿を
ベルデだけはそう言って受け入れてくれた。

『思った事を頭に浮かべてくれるだけで良い。
 皆には私からそのまま伝えるから』

あの時のベルデの微笑みに自分は救われた。
だからこそ、彼女を守りたいと思った。
Gruppeグルッペ vonヴォン  Duschenドゥーシェンから、
彼女を脅かす全ての存在から。

それ迄シーニーの立案した
【Memento Mori】計画には
どちらかと言えば反対だった。
余りにも危険が大きい。
天涯孤独なシーニーとは違い
ゲールには まだ家族が存在している。
勿論ロッソにも、妙子が居るのだ。
奴等は間違い無く、矛先を其方そちらに向ける。
いざ戦いになった時、全てを守り切れるのか?
守り切れないのであれば、協力は出来ない。
ゲールはかたくなに反対を固辞していた。

「お話するのが、怖かったんだ。
 僕の気持ち、伝わらないのが
 怖かったから…
 ベルデお姉ちゃんにお願いして
 皆に伝えてもらってたの」
「そうだったんだね」
「でも…それじゃいけないって思ったんだ」
「どうして?」
「僕が守らないと。
 ベルデお姉ちゃんを、皆と一緒に…ね」

仲間を信じ、戦う事の大切さ。
それを教えてくれたのは…
他ならない、今 目の前に居る少年。
まだ幼い身でありながら
母親を守る為に彼は戦い続けてきた。
死んだとされる父親の分まで。

出来ないからやらない、のではない。
出来なくてもやってみる。
いつか出来る様になれば、それで良い。
大切なのはその【過程】であり
【勇気】はその時に成長するのだ。

そして、戦士に必要な要素に
【勇気】が存在する事実。

「ありがとう、和司君」
「ゲール…」
「僕は君を守る。絶対に、守るから」

ゲールはそう言うと自身の右小指を差し出した。
和司も嬉しそうに笑うと
ゲールと固く指切りを交わした。
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