通り過ぎていく自転車を
立花は眩しそうに見つめている。
「コウ?」
鳩村は何があったのかと
不思議そうな眼差しを向けた。
「コウ…」
「あ、済みません。
行きましょうか、ハトさん?」
「自転車が羨ましいのか?」
「いえ…」
「じゃあ…何だ?」
「自分が見ていたのは…」
自転車に乗っているのは
巡回中のお巡りさん。
「…訳有りだな。
聞かせろよ」
「大した事じゃないですよ」
立花は苦笑している。
「子供の時、迷子になった事があって…」
静かに、立花は語り始めた。
家族と一緒に行った移動遊園地。
其処で彼は兄、隆と共に
お化け屋敷に入った。
兄と一緒なら怖くない。
そう思っていた。
だが、人込みに紛れ
進んで行く内に…
掴んでいた兄の手が
無くなっていた。
小さな手が空を掴む。
お化けは怖くなかった。
暗闇も怖くなかった。
ただ。
一人で居る事が怖かった。
「お兄ちゃん……」
何とか一人でお化け屋敷を出たものの
其処には兄も両親も居なかった。
本当に一人きり。
涙が溢れてくる。
まさか自分を置いて
皆帰ってしまったのだろうか?
そんな不安まで過ぎる。
時間がコクコクと過ぎていく。
「お父さん…
お母さん…
お兄ちゃん……」
どうして手を放してしまったんだろう?
どうして…?
言葉は涙に代わり、
ただ大きな目から零れ落ちるのみだ。
「…僕、一人になっちゃった……」
やがて夕暮れが迫ろうとした時。
チリンチリーン
自転車のベルの音。
そして…。
「どうした、坊主?
迷子か?」
人懐っこい笑みを浮かべ
一人の青年が声をかけてきた。
「お父さんとお母さんは?
…はぐれちゃったのか?」
「…うん」
「何処で?」
「あそこ……」
「…お化け屋敷か。
そりゃ厄介だな……」
青年はウ~ンと唸った。
青空を思わせる服と帽子。
「よし!
お兄ちゃんが探してやる!」
「えっ?」
「お前のお父さんとお母さん、
お兄ちゃんが捜してやるからな!!」
「…お兄ちゃんが?」
「あぁ。
さぁ、自転車に乗って!
しっかり掴まれよっ!!」
青年は彼を優しく抱き上げると
後部座席に座らせた。
「成程…」
鳩村は煙草を燻らせ、
相槌を打った。
「その男が『お巡りさん』だったのか」
「えぇ…。
御蔭で自分を捜していた
家族とも会う事が出来ました」
立花の笑みを見ていると
その時の思い出が
とても彼に良い影響を与えた事が解る。
彼が警察官に誇りを持っているのも
きっと……。
「行きましょう、ハトさん!」
立花の声に鳩村は微笑んだ。
お題提供:[刑事好きに100のお題]