Act・4-10

NSM series Side・S

事情聴取の段階になっても
唯一の目撃者であるその人物は
一言も話そうとはしない。

視線を合わせる事も無く、
少し…震えていた。

「本当の事、判る事。
 何でも良いですから。
 思い当たる事は全て
 話してはもらえませんか?」

これでもう何度目かの問い掛け。
やはり返事が無い事に対し
少なからず立花はショックを隠せないでいた。

「長期戦になりそうだな」

外から様子を伺っている山県の呟きに対し
鳩村もまた頷いている。

「犯人よりも厄介かもな、ヤッコさん」
「…一兵、どうした?」

一人沈黙を守る平尾に対し、
鳩村が声を掛ける。

「コウ君と替わっても良いかな?」
「え?」
「僕が行ってくる」

平尾には何か勝算でもあるのか。
半信半疑ながらも、2人は彼の意見に従う事にした。

状況は切迫している。
何とか現状を打破したい。
それが共通の意見だったからだ。

* * * * * *

「何か食べたい物でも有る?」

最初の質問に、その人物は目を白黒させた。

「質問尽くめでお腹も減って来てるでしょう?
 出前を取るよ。何が良い?」
「……」

「僕は幕の内弁当と…。
 あ、何か甘い物も欲しいな。
 ケーキ、食べる?」

「…変わった、人」

そのたった一言に、
平尾は嬉しそうに頷いていた。

「答えてくれたね、今」
「…えっ?」

「僕の言葉に、答えてくれた」
「…そう?」

「そうだよ。
 きっと君は大変な目に遭って、
 その上で一度に色々な事を聞かれてしまって
 混乱しちゃったんだよね。
 だから緊張して、
 話せなくなってしまった」
「…刑事さん」

「折角だから、何か食べよう。
 正直さ、僕…本当にお腹減ってるんだ」
「…うん」

「じゃあ、何にする?」
「……同じ物」
「了解!」

平尾の笑顔に、
目撃者の緊張は漸く解れた様だった。

* * * * * *

「よく気付いたよな……」

鳩村は今更だが、と前置きした上で
こう話し出した。

「ん、何が?」
「目撃者の緊張度合い」
「只の緊張…じゃないね、あれは」
「どう云う意味だ?」

「それ迄の遣り取りで全く声が出てなかった。
 だから多分、『対人恐怖症』に
 罹っているんじゃないかって思ったんだ」
「成程……」

「恐怖心って云うのは
 他人が考えてる程
 簡単に解消されるものじゃないんだ。
 だから時間を掛けてみた…」

平尾だから可能だったのだろう。
嘗て同僚だった重鎮刑事達のテクニックを
彼はこの若さで習得してしまったのかも知れない。

「末恐ろしい逸材だこと」

鳩村は思わず苦笑いを浮かべた。

「ん?」
「こんなに気が利く素敵な刑事さんなのに
 どうして昇進試験に合格出来ないのかねぇ?」

「そんなの簡単だよ」
「?」
「試験問題に出ないから」
「何だよ、それ!」

「僕だけじゃないでしょ。
 大門軍団は応用問題に強いんだよ」

それが『強がり』に聞こえないのが
平尾の凄さなのか。

「お前が仲間で良かったと思う俺が
 確かに存在しているよ、一兵」
「ハトさんに賞賛されると気分が良いね」
「どうして?」
「だって…普段は全然褒めてくれないじゃない」

「ヤロー相手に褒め言葉並べても
 楽しくねぇもん…」
「それには同意するよ」

この辺は『女好き』の共通項、か。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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