静かにマリア像に祈りを捧げながら、
山県は最近の事を振り返っていた。
長かった、と感じた。
自分でも気が付かない内に、
もしかすると自分自身も
『時間』を止めてしまっていたのかも知れない。
そう考えると、責める気にはなれなかった。
「存在がデカ過ぎて、背中を追い駆けてるのが楽だと思ってた。
まるでその『しっぺ返し』をずっと食らってた気分だ」
漸く進み出した時間。
その切っ掛けを与えた人物が、時間を『止める』切っ掛けでもあった。
彼が動き出した事で、周囲も自然と動いた。
「世代交代とまでは言わないが…
アイツがこれ程までに影響力を持っていたとはな」
失うかと思われたあの瞬間、確かに届いた言葉。
『待ってたよ』
ただ一言だったが、重い言葉だった。
「もう間も無く退院だって言ってたか。
相変らず回復力の早い奴だな。
まぁ、まだまだ若いって事?」
自然と笑みが零れて来る。
もう一度、聖母に祈りを捧げ 山県は教会を後にした。
病院の受付で、山県は意外な姿を見つけた。
「龍?」
「よう、山県」
「…どうした? 怪我でもした?」
「俺が見舞いに行くのは可笑しいか?」
「見舞いって……?」
「503号室」
「…ジョーか」
「まぁね」
高崎は軽口を叩いているようだが、表情が重い。
「…何か遭ったのか?
まさかジョーの奴、急変したとか?」
「別に。結構元気だったぜ」
「じゃあ何でそんな暗い顔なんだよ」
「……」
「龍?」
「お前に見抜かれちまうとは…正直自分にガッカリだ」
「…コウ、来てるのか?」
「…あぁ」
病室で何が遭ったのかまでは判らないが
高崎の様子を伺えば、何となくだが察する事は出来る。
立花に何かが遭ったのだろう。
『…今のジョーなら、コウを任せても大丈夫だろう』
山県はそう判断すると、高崎に向き返った。
「時間、有るか?」
「…一応、今日はオフだからな」
「じゃあ、俺がお前の愚痴に付き合ってやるよ」
「高くつきそうだな」
そう良いながらも、高崎は何処かホッとしたような表情を浮かべた。
長い沈黙。
立花は先程から黙ったままだが、北条もまた、何も聞かない。
穏やかな表情を浮かべたまま、窓の外を見ている。
「…良い天気だな」
ふと、北条はそう言って立花を見つめた。
「退院したら…墓参りと洗車がしたいと思ってたんだ」
「……」
「変わらないよ、意外とな」
「自分には…別人に見えますよ」
「そうか?」
「…はい。自分は、自分だけは…昔の先輩を知らない」
「今の俺が昔と同じかと言えば、そうじゃないと思うぜ」
「そうでしょうか…?」
「そうじゃなかったら、俺は全く成長が無いって事になるが」
北条はそう言って苦笑を浮かべる。
「これからも俺は目一杯過去を振り返る。
大切な思い出を態々捨てようとは思わない」
「……」
「だけど、未来も…現在(いま)も大切だから。
俺は、俺の方法で守っていくさ」
「……」
「出来るかどうかなんて判らないけどな」
北条は一瞬だけ瞼を閉じた。
「…もう、後悔だけはしたく無いんだ」
「後悔…?」
「俺の目の前で、…誰も死なせはしない」
強い決意。
その一念で彼は此処まで自分自身を回復させた。
此処まで強い気持ちを持てるのだろうか。
立花は自分に対し、やはり自信が持てない様子だった。
そんな立花の様子を、心配そうに北条は見つめていた。
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