Act・6-3

NSM series Side・S

立花が六法全書を静かに読み耽っていると
不意に背後で誰かの気配がした。

「一兵さん…。
 驚かさないで下さいよ」

「あぁ、御免御免。
 それにしても勤勉家だね、コウ君は。
 法律の勉強中かい?」
「えぇ、まぁ。
 刑事は法の番人ですから
 最低限の事位は」

「まぁ…僕達刑事は厳密に言うと
 使いっ走りの『犬』だけどね」
「犬?」

「昔居たらしいんだよ。
 『刑事は犬だ。犬になれ!』って
 言った人がね」
「犬、ですか…。
 凄い表現ですね、それって」

平尾はクイっと眼鏡の縁を上げる。

「キャリア組に興味が有るの?」
「…はい?」

「コウ君なら真剣に上を狙えるんだし。
 もし興味が有るって言うなら
 話を通しておくけど?」
「…話?」

「知り合いに居るからね。
 現役のキャリア組で
 今も頑張ってる奴が」
「もしかしてその人って
 五代さん、ですか?」
「うん、そう」

平尾はニコッと微笑んだ。

「苦労話だけでも聞いてみなよ。
 良い経験になると思うからさ」
「…そうですね」

「話を聞きたいって思っても
 いきなり純の所には行き難いだろう?」
「確かに、そうですね。
 あまりお会いした事も無いし。
 でも…一兵さん、どうして…?」

「大した事じゃないよ。
 コウ君の向上心に
 少しお節介がしたくなっただけ」

平尾はそう言うと、照れ臭そうに
ポリッと鼻の頭を掻いた。

* * * * * *

五代が多忙なのは承知の筈だったが
意外にも彼は快く時間を割いてくれた。
通された部屋には不要な物が一切置かれておらず
人の気配さえも薄かった。

「ゆっくりと自室に戻って
 資料に目を通す時間も無くてね。
 次から次へと事件が舞い込む。
 嫌な時代になったもんだ…」

五代は慣れた様子で珈琲を注ぐと
その内の一つを立花に差し出した。

「あ、有難う御座います…」
「大した事じゃないって。
 それより、一兵さんから話は聞いてるよ。
 コッチを狙うんだって?」
「まだ…検討中なんですが…」
「まぁ、君の歳で巡査部長だから
 幾らでも狙えるんじゃないかな。
 ハトさんからも
 君の実力は色々と聞いているし」

五代は苦笑を浮かべながら
珈琲で喉を潤した。

「元気にしてる、皆?」
「えぇ…。それなりに」

「ジョーさんも、元気になったんだって?」
「えぇ…って、何処でそれを?」
「妻がね、心配してたんだよ」
「明子さんが?」

「あぁ。あの2人はかなり仲が良かったからね。
 自分が彼女と結婚出来たのも
 ジョーさんの働きが有ったからだし」
「…へぇ」
「意外?」
「…いえ、何となく納得してます」

立花はふと視線を或る一点に集中させていた。
フォトスタンド。
其処で笑っている集団。

写真の中央に位置する人物を
五代はそっと指差した。

「この人が自分の義兄。
 大門、圭介だよ」
「…大門団長」

立花の表情が一瞬だけ変わったのを
五代は見逃さなかった。

「目指してみる気は無いかい?
 自分の軍団を率いる役目」
「軍団を…?」
「それも一つの未来さ」

「五代さん…」
「ん?」
「キャリアは…辛い、ですか?」

五代は暫し言葉を探しているかの様だった。
しかし、数秒後。

「木暮課長の様な生き方も良いけど、
 自分には自分の生き方が有ったから。
 後悔はしてないし、
 正直…する時間さえも無い。
 辛いかどうかはまだ解らないな」
「五代さん……」

「警視庁も優秀な人材は欲しい。
 それが、現実」
五代はポンと力強く立花の肩を叩いた。

「君は、君『だけ』の道を見つけるんだ。
 誰よりも『君自身』の為にね」
「五代さん、有難う御座います…」

立花の言葉に
五代は満足そうに頷いていた。

そして立花は、
この出会いをセッティングしてくれた平尾に
心から感謝していた。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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