Act・7-4

NSM series Side・S

「酒は呑んでも飲まれるな、とか
 昔から色々有りましたよね。
 私、あんな感じの標語が大好きで」

堅苦しい見合いの席は
お互いの事をちゃんと見せてはくれないから、と
確か彼女から切り出して来た。
随分と発展的な女性である。

そして、舞台替わって此処は居酒屋。
賑やかで騒々しい雰囲気の中
本当に相手の『顔』など見えるのだろうか。

「山県さんは、もう随分と前から?」
「…何がですか?」
「刑事になられて」
「…そうですね」
「そうなんだ。凄いですよね~!」

何がだ?
そう切り替えしたかったのだが
彼女の持つ雰囲気がその言葉を
咽喉の奥へと消し去ってしまう。

つくづく不思議な女性である。

文字通りクリスチャンなお嬢様なら
キッパリと断ってやろうとも思っていた。
自分はまだまだ刑事に未練を持っているし
今追う事件のヤマをそのままに
一人だけ円満退職などする気は無い。

約束も有る。

「そのままで良いと思うんですよ」

彼女はそう言って笑っている。

「そのまま…?」
「えぇ。別に刑事やりながらでも」
「…はぁ」
「牧師で在ると云う事だけ
 ちゃんと覚えていれば良いんですよ。
 救いを求める人ほど
 教会よりも夜の街に溢れてるんでしょ?」
「……」

自分の父親がこの会話を聞けば
一体何と返して来るだろうか。
寧ろ反応が知りたくて
聞かせてやりたいと云う欲求が生じてきた。

「私、貴方の事を街中で見た事が有るんです」

彼女はそう言って微笑んでいる。

「何かの大きな事件を解決した後かな?
 同僚の方と、凄く嬉しそうに話している姿」
「それ…何時頃ですか?」
「…半年ほど前、かな?」

誰と話していたのか、
そもそもどんなヤマだったのか、
直ぐには思い出せないのだけど。
それでも、山県は何故か嬉しかった。
彼女は自分の喜びを共感してくれたらしい。

「あ、そうだ。私…占い出来るんです」

嬉しそうにハンドバックから出して来たのは
随分と小振りなトランプカードだった。

「トランプ…?」
「元々トランプのスートは
 タロットカードから来てるんですよ」
「へぇ……」

慣れた手つきでカードをシャッフルし、
彼女は真剣に占いを始めた。

「未来のカード、ハートのA」
「……」

占いは殆ど信じない山県であるが
この時に見たハートのAのカードは
妙に強く脳裏に焼きついた。

「また…」
「はい?」
「また…会ってもらえるかな?」

気が付けば自分から約束を取り付けた。
断る筈だった付き合いが、こうして継続された。

* * * * * *

「…しょう、大将!」
「ん?」
「信号替わったけど…」

いつの間にかボンヤリとしていた。
ハンドルを握りながら
まさか白昼夢でも見てた訳じゃあるまい。

「話の途中だけど」
「何だ?」
「良い縁談じゃねぇの?」
「お前に心配されたくねぇわ…」

助手席の影はクスクス笑いながら
慣れた手つきでマイルドセブンを取り出した。

「早く春が来ないかな~!」
「歌うなっ!!」

冷やかされていると解っているのに
まともに返してしまう余裕の無さ。
しかし、それすらも心地良い。

「酒木…さん、か」
「?」
「相手の名前だ…」

仄かに朱に染まる頬は
何の余韻だろうか。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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