Act・7-8

NSM series Side・S

「最近調子良さそうね」

久々に会った明子は
嬉しそうな笑みを浮かべている。

「そう?」
「うん。随分元気になってる」
「御心配をお掛けしました…」
「本当よね~」

容赦無い一言には
本当に平伏するしかない。
それだけ心配を掛けて来たのも事実。
彼女だからこそ
此処迄心配してくれていたのだ。

「で?」
「ん?」
「忙しいの?」
「ん…多少はね。
 暇過ぎる位の方が世の中平和で
 本当は良いんだけどな」
「何時の時代も変わらないものよね」
「全くだ…」

一瞬感じた低いトーン。
表情には出ない影の部分。
付き合いの長さが語る変化。

「アコちゃん」
「えっ? 何?」
「純、どうしてる?」
「どうしてるって…。
 相変わらず忙しくしてるわよ。
 あまり家には帰って来ないし」
「成程。何処も同じだな」

北条は少し頷くと
胸ポケットから煙草を取り出した。
そして、動きが止まる。

「…吸っても良いか?」
「どうぞ…って、何で急に?」
「最近厳しいから」
「ヘビースモーカーなんだから
 吸わない方が毒なんでしょ?」
「まぁ…ねぇ。
 吸わないとマトモに脳が動かない」
「体はマトモに動くのに?」
「体も怪しい所だよ。煙草と酒で動いてる」
「不健康なエネルギー源ね」

ここ数年、こんな遣り取りもしていなかった事に
ふと気付かされる。

自然と視線が彼女の口元に動く。
いつもとは何かが違う。
本当に微かな変化。
其処に目が留まった。

「……」
「どうしたの、ジョーさん?」
「口紅…」
「えっ?」
「変えた?」
「う、うん。よく気付いたわね」
「もう少し赤が強かった様な気がしたから」
「ルージュだったもの。
 それにしても、純すら気付かなかったのに」

感心されてしまった。
流石に、以前の彼ならば気付かなかっただろう。
少しは成長したのだろうか。

朱掛かった大人しめの桃色。
血色の良さを引き立たせる色合い。

「そう云う色も似合うよ」
「本当? 有難う!
 純ってばね、気付かない上に褒めてもくれないのよ。
 お洒落のし甲斐が無いんだもん、つまらないわ」
「まぁ、仕方が無いよ。
 そう云うのが得意なのはハトさんか一兵さん」
「あの2人の言葉はね
 いまいち信憑性に欠けるのよ…」
「御尤も……」

明子の笑いに釣られて
北条も思わず吹き出した。

* * * * * *

帰り際、ふと化粧品店のポスターが目に留める。
季節に合わせて新たな商品を紹介しているのだろう。

「口紅一つで変わるもんだな」

自分は男であるから
化粧とは縁遠いし、興味も無い。
だが、女性はそうはいかない。

「男に生まれてきて良かったよ」

思わず癖で煙草を咥えそうになったが
周囲を見渡し、慌てて仕舞う。
今は路上喫煙で罰金の時代。
警察官の自分が罰金刑では埒が明かない。

「嫌な世の中になったもんだ」

行き交う車の流れを静かに見送りながら
北条の足は署に向かっていた。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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