Act・8-4

NSM series Side・S

何度かカップを手に取ろうとするも、
その度に指は空しく空を切って舞うだけ。
資料と画面に釘付けの鳩村は
その都度、小さく舌打ちをする。

元来この様な作業に向いている性格では無い。
しかし、小鳥遊からの指示となれば
話は又別物である。

「新宿での一件。洗い直し…ねぇ」

未だに姿すら掴めない犯人。
痕跡すら残さない不気味な人物。

だが、薄々気付いている奴も居る。
その存在が、自分を追い詰め
苛立たせている事も充分承知している。

このままではいけないと言うだけならば簡単なもの。
しかし、それが出来ないからこそ苦しんでいる。
そう容易くこの負の感情を発散させてなどくれない。
それが…事実。

「正直…キツいよな」

漸くカップに手が届き、
少し冷めた珈琲をゆっくりと口に運んだ。

* * * * * *

「アーチ」

病室から声が聞こえてくる。
高崎だ。

「どうした、龍?」
「珈琲が飲みたくなった」
「そう来ると思ってね」

坂上は笑みを浮かべながら
少し小振りの魔法瓶を取り出した。

「用意してあるよ」
「流石は相棒。
 俺の事を熟知している」
「これ位の息抜きは必要だからな」
「あぁ…。食事制限も運動制限も
 大人しく従ってると…ストレスが溜まるよ」
「違いない」

慣れた手つきで温かい珈琲をコップに注ぐと
それをそっと高崎に手渡す。

「モカ…?」
「あぁ。昨日はキリマンジャロだったし」
「珈琲の好みは昔から五月蝿いよな、お前」

よく馴染んだ味を楽しみながら
高崎は坂上の『次の言葉』を待っていた。
勿論、坂上も同様に相手の出方を窺っている。

「功とは最近連絡が取れなくてな。
 どうやら現場がごたついてるみたいだ」

切り出したのは坂上だった。
ゆっくりと珈琲を飲み干すと
コップを握り締める。

「お前の一件も…犯人は判らずじまい。
 何とも歯痒い思いをしながら
 今も捜査を続けていると思う」
「ま、刑事なんて綺麗な職業じゃないからな」
「そりゃそうだ」
「芸能界だって大概『闇の世界』だけど…」

高崎の瞳は坂上ではなく
もっと遠くの何かを見つめている様だった。

「兄の欲目としてはだな。
 刑事にだけは…なって欲しくなかった訳だ」
「……」
「親父の二の舞だけは御免なんだよ。
 残された家族の辛さは…
 アイツだって解ってる筈だ」
「判ってるからこそ、犯人を追ってる」
「アーチ…」
「違うか?」
「…そうだな。
 だが、それで功が危険な目に遭ったとなったら
 俺からすれば本末転倒なんだよ」

つい言葉に力が入ってしまったらしく、
高崎は照れ臭そうに髪を掻き上げた。

「済まない、アーチ。
 俺らしくも無く熱血しちまった…」
「偶には吐き出せよ。
 お前も功も、優等生過ぎるんだ。
 もっと俺の前では情けない面も見せてみろ」
「際限無く甘えるかも知れないぜ?
 それでも良いの?」
「上等だよ。いつでも全力で受け止めてやる」

坂上の言葉が心に染み渡った。
漸く笑みを取り戻した高崎は、
弟…功にもこの様に頼もしい相棒が現れる事を
願って止まなかった。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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