Act・8-5

NSM series Side・S

欲しい商品が有った訳ではない。
だが、何故か視線は店舗の中を追っていた。
CDショップで何かを探している女性の姿に
北条は軽い既視感を抱いていた。

それを確かめるべく、店内に進む。
女性は北条の姿を確認すると
何故か表情を曇らせた。
始めは気の所為かとも思ったが、
距離が縮めばその傾向も顕著になり
やはり原因が自分だと納得する。

「あの…君?」
「……」

女性は何も答えない。
怯えているのだろうか、声が出ていない。

「自分は…こう云う者だけど」

北条は他の客には見えない様に
そっと警察手帳を掲示した。

「少し…話を聞きたいんだけど…」
「……」

女性は何も語らなかったが、
ハンドバックから素早く手帳を取り出すと
やがて何かを書き出し始めた。

『お話が有れば伺います。
 ただ、場所を変えませんか?』

「筆談…?」
『はい』

北条は彼女が何も言わない事を
不思議に感じていたのだが、
彼女の声が『出ない』事実を知ると
謝罪も篭めて静かに頭を垂れた。

「御免…。俺の配慮が足りなかった。
 場所を変えて、話がしたい。
 近くの公園でも良いかい?」

北条が質問方法を変えると
彼女は漸く安心したのか、
ゆっくりと肯定の意味で頷いた。

* * * * * *

「さっきは御免な」

自動販売機で購入した
温かい緑茶飲料を手にし、
北条はそれを彼女に差し出す。

「いきなり声を掛けたから
 驚かせちゃったよな…」
『大丈夫です』
「そう? なら良いんだけど…」

声を掛けたのは良いが
正直、どう話を切り出せば良いのか
北条は少し悩んでいた。
彼女に声を掛けたのも
彼が感じた『既視感』からに他ならず、
それは余りにも頼り無い材料である。

『どうして彼女を見て
 こんなに気になるのか…。
 まぁ、それを知りたいだけかもな』

緑茶を片手に一人考え込む北条を
女性は不思議そうに見つめている。
話し掛けて来ておいてこれでは
確かに不審がられても不思議ではない。

『北条さんでしたね』
「あ…あぁ、そう」
『刑事さん?』
「うん。西部署のね…」

そう言い掛け、北条は思わず息を飲んだ。
思い出したのだ。

「そうか…髪、短くしてたから。
 それに…あの頃は眼鏡を掛けてたよな。
 だから判らなかったんだ…」

北条の言葉が何を意味しているのかを
彼女も正確に判断出来ているらしい。
だからこそ、初めて会った時に見せた
何とも言えない表情を浮かべている。

「やっと、思い出したよ…。
 君に会えて、漸く……」

北条はそう呟くと
女性の両手を優しく握り締めた。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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